ミャンマーで食べたもの
ミシェ

米の中太麺のスープヌードル。少々辛い。白いのは豚のモツ、ではなくて湯葉である。薄味のしょうゆ味で、日本人の口にも合う。
#ミャンマー料理
#麺料理
バンコクで骨折してリハビリする話
Day 89
1月1日(水)
年が改まったので、ブログの章も改めた。
めでたくもなんでもないので新年の挨拶は省略させて頂く。
朝はゆっくり起き、インスタントのあごだしで雑煮を煮る。具は白菜とニンジンだけ。昆布と鰹に慣れた身には違和感を感じる。
朝からウィスキーの水割り。タイの焼酎ラオカオは危険であることが分かり、以来口にしていない。日本酒は高価で買えないしろくな銘柄がない。
夕方、昨夜に続いてGさん宅で新年会。朝から結構呑んだが不思議なほど全く酔わない。42日間の入院で肝機能が上がったか。
子供たちが味付け海苔にカオニャオ(餅米)をくるんで、寿司だと言って食べさせてくれる。コームーヤーン、ソムタム、エリンギやエビ、エノキの豚肉巻きの炭火焼きなど。満腹。
Day 90
1月2日(木)
タイは今日から通常営業。が、まだ閉まっているお店もあるようだ。1時間ほど仕事をする。
いつもは朝からビール、日本酒と行くところが、好きに酒が飲めないストレスが高まる。
夕方、Gさん宅では今日も飲み会とのことだが失礼させてもらった。
Day 91
1月3日(金)
朝5:30に起きて支度。6時にGrabを呼んで病院へ。6:48受付、血圧、体重を測る。114/70、脈拍79、身長170cm、体重は66kg。2階のレントゲン室に並ぶ。8時オープン、30分ほど待って2枚撮影。
レントゲンの順番待ちボード。M257が私の番号
3階の整形外科の外来へ移動しひたすら待つ。金曜日のせいか患者数が多い。マスクを着用してインフルエンザ対策。
それにしても院内は寒い。冷房がきつすぎる。入院の病室にはエアコンが入っていなかったのに。次からはパーカーなどの長袖が必須だ。
10:15、執刀医の診察。足の血色が変わるのは問題ないとのこと。歩行器での歩行を勧めること、飲酒は控えること、とのことであった。また、2月の海外出張はまだ勧められない、とも。縫合跡は問題なしとのこと、まだ痛いのだけれど。診察室には研修中の医学生と思われる若者が2人いて、縫合跡を見せたら食い入るように見ていた。こうして症例についての知見を次の世代が積み重ねていくのだろう。
診察時間は約10分。支払いと薬をもらうためにまた並ぶ。次の検診は1月31日、また金曜日だ。
会計窓口
車椅子に長時間座っていると、臀部が痛くなる。歩行できないので筋肉を失っているので仕方がない。11:05にすべて完了し、トータル4時間あまり。会計は薬代含めて688THB(3,096円)。
病院内のフードコートで昼食。実に92日ぶりの外食である。何の変哲もないクイッティアオがとても美味しく感じる。このフードコートにはドリンクやソフトクリームで有名なMIXUEも入っている。
フードコート
クイッティアオ
Day 92
1月4日(土)
年末のこと。ハンバーグを作ってあげると約束したタイ語の先生(6歳)に、諸事情でボロネーゼを作ったら、4人の子どもたちのうち彼だけが食べなかったと聞いてずっと心に残っていた。お詫びということで豚挽肉600gでハンバーグを作る。食べ応えがあるように厚めに成形し、焼き終わったあとは蓋をしたまま8分ほど休ませて中に熱を入れる。
ソースは焼き後のフライパンの焦げとみりん、しょう油、甘めのタイのケチャップ。少し水で伸ばしてみりんのアルコールを飛ばし、焦げないようにとろみが出るまで煮詰める。
先生からDeliciousをいただきました。
お母さんと兄弟のためにあと3つ作ってくれる?
もちろん! え、パパの分は...
多めに仕込んでおいてよかった。下準備や補助をしてくれた大家さんに感謝。先生への罪滅ぼしができてよかった。
歩行器を使って歩くと、まだ使い方のコツ、というか器具に合わせた身体の使い方ができていないので無駄な力が入ってしまい、すぐに疲れてしまう。一歩ごとに片足で軽いスクワットをしている状態と表現すれば理解頂けるだろうか。両腕も突っ張ったままだがほぼ握力をフルに使っているのも疲労の要因と思われる。
道は長い。
Day 99
1月11日(土)
今日はタイの子どもの日。セブンではあるポーズをすれば無料でお菓子がもらえる。
正月明けからバタバタしてブログの更新が疎かになってしまった。
足の調子はまずまずで、膝は80度は曲がるようになった。足首の内側(インサイドステップでボールを蹴る面)もベッドに着くようになった。体重をかけないように両足の足の裏を地面に付けてみる。当たり前のことが新鮮に感じられた。次の診察は31日である。
業務用スーパーのデリバリーで牛タンを取り寄せる。500gで189THB≒860円、100g172円なので日本と比べればお得だろう。因みにオーストラリア産である。自宅焼肉を画策しているのだが、ハラミ(Skirt)もカルビ(Short rib)も残念ながら売り切れである。
歩けるようになったらスシローにも行きたい。が、いつも長蛇の列なのだよな。
Day 100
1月12日(日)
ちょうど怪我から100日となった。
トイレでズボンを上げる時、これまで右脚だけで立っていたが、左脚の脛の側面を便器の横に密着させてみた。ほんの少しのことだが、驚くほど安定する。わずかでも左脚を使うことを始められたのは区切りの日に相応しい、だろうか。
Day 102
1月14日(火)
仕事が溜まり始めていたので片付ける。ケガ以来机に向かって椅子に座る最長となる3時間。腰や背筋が衰えているのだろう、さすがに疲労した。
カナダの友人にメールで遅い新年の挨拶。高齢なので案じていたが元気なようで一安心。2024年5月に大阪で会った時は、次はカナダで、と約したものの、こちらが情けないことになってしまった。早く元気になれ、バンコクまで会いに行くし、お前がカナダに来るならエアチケット代は俺が出す、とまで言ってくれる。ありがたくて涙が出る。
そして今日は、ミャンマー人の友人からミャンマーのおかずと果物が届く。彼の知人のバンコクに住むミャンマーの方からGrabのバイクで届いた。彼の支援にもいつも感謝している。
体重をかけるのは怖いが、左脚を床に接地させる回数を増やしている。多少骨に刺激を与えた方が骨の成長が良いと昔聞いたことがある。仕事も年度末に向けてほどほどに忙しくなってきた。膝の屈伸はサボるとすぐ元に戻ってしまう。継続は力である。
Day 107
1月19日(日)
時折ピリッとする縫合跡の痛みがなくなってきた。シャワーを浴びて、恐る恐る手にせっけんの泡を持って撫でてみる。切開跡周辺が妙に硬くなっていることがわかる。Dr.がマッサージも有効と言っていたのはこういうことか。
痛みの不安がなくなればリハビリも捗りそうだ。
夕食は通販で買ったオーストラリア産の牛タン。薄すぎる。火の具合もよくない。
小間物屋のGさんに声を掛けて一緒に楽しむ。酒を飲みながらタイの政治の話。ピターさん、セターさんがなぜ去ったのか等、モロモロ。
Day 113
1月25日(土)
今日から月末まで、バンコク市内のバス、BTS(高架鉄道)、MRT(地下鉄)が無料になる。PM2.5による大気汚染対策だが、効果は限定的なようだ。
脚は相変わらずで、縫合跡は頻度は減ったが時々チクチクと痛む。膝は頑張って曲げるようにしているが、角度に大きな変化はない。
今日は昼にざるうどんを食べた。通販でキッコーマンのめんつゆを買ったのだが、はっきり言って美味しくない。MaxValueへ行けばもっとまともなものが買えるのだろうが、まだ歩けない。
来週29日からは春節で、タイで2回目のお正月。この飾り付けが始まるまで、店頭にはクリスマスツリーが飾ったままなのがタイ流である。
Day 114
1月26日(日)
膝の屈伸角度が進まない。
加えて、ベッドから離れて歩行器で移動したりトイレやシャワーで座っていると、左足首の色が暗紫色になる。
手術は成功と言えるのだろうか。
Day 119
1月31日(金)
1ヶ月検診で病院へ。5時半に起きて6時にGrabを呼んで、7時前に受付の機械(大きなタッチパネル)に患者番号を入力すると、受付番号とQRコードがプリントされた受付票が出てくる。診察の順番も薬の受け渡しも診療費の支払いも、すべてはこの2つで管理されている。
8時のレントゲン撮影まで約1時間、診察まで約1時間半、とにかく待つ。待つのが嫌な人は朝早く来て並ぶ。が、朝の方が混むというパラドックスに陥っているようにも思える。
レントゲンの観察の結果、状態は良好で、骨折部分を新しい骨が覆っているという。歩行器を使う際、20%程度体重を乗せて歩くようにとのこと。足の血行の悪さは特別なことではないので心配ない。ただ、浮腫みがあるので、動脈の検査を推奨する、とのこと。来週月曜日に検査することになった。やれやれ。
Day 122
2月3日(月)
手術した脚の血行が悪いので血管外科を受診。大家さんのいびきとケータイの動画の音で眠れぬまま朝を迎える。
Grabがつかまらず病院に着いたのは7:20。霧がすごかったが、じきに晴れた。受診したのは10:20。CTを撮るという。大家さんとの情報の行き違いがあり、結局CTはキャンセルし、病院のフードコートでクイッティアオを食べて帰ってきてしまった。無駄な4時間。状態が改善しなければ改めて受診する、ということにしておく。
3時間ほど眠り、食事の後に一仕事。片付けてからGさんの小間物屋まで約30mの距離を歩行器を使ってウィスキーを買いに行く。執刀医に言われたように左足には20%の荷重をかける。結構な運動、というよりも、メインになる右足の筋肉も相当落ちているので、これは毎日トレーニングしないとまずいと感じた次第。
店へ行く途中、知った顔のおじさんが英語で話しかけながら横についていてくれる。店に着くとNさんがいつものようにビールを飲んでいたのでロング缶でお付き合い。先日作った豚の角煮は喜んでもらえた。和辛子が気に入ったようだ。Gさんは健康診断のため禁酒とのこと。店の向かいのねこの飼い主さんらも集まってきてしばし歓談する。ビール1本で帰宅。長い一日だった。
Day 130
2月11日(火)
歩行器を使い両足を使って歩く。
縫合跡はまだピリッとするのだが、しばらく経つとカサブタが出来ているので、まだ完璧にはくっついていないのだろう。
このところ歩く夢をよく見る。行ったこともない揚子江の河畔とか、子供の頃行った丘など。
最後の手術を受けて以来、受けた左脚の指先の真ん中3本が痺れている。ビタミン剤を処方してもらっているが、まだ治らない。症状は軽くなってきてはいるが、ひじを手術とたときに言われたのは、神経は1日0.1mm回復するということ。大腿骨から爪先まで一体何日かかるやら。
Day 142
2月23日(日)
久々の更新。もう誰も見ていないかも知れないが、普通に社会生活が送れるようになるまでは続けろという友人に従うことにする。
脚の具合は、1分程度なら2本足で立てるようになり、90度は膝が曲がるようになった。目下、歩行器を使って歩行訓練をしている。足先の痺れは改善が見られないが、信じてビタミン剤を服用している。
骨折部分の痛みはほぼなくなったので、歩行器を使って歩くのだが、少し歩くと膝が痛む。膝の関節周りの筋肉が衰えているためか、それとも膝近くまで入っている金属プレートのせいか。前者であることを祈る。いずれにしろ、先日カナダの友人がメールをくれたように、ゆっくり焦らず、が肝要と心得る。けれども、再び走れるようになるとはイメージできない。歩けるだけで十分か。
Day 150
3月3日(月)
またもや久々の更新。少なくとも3人の方々がこのブログを読み続けておられることがわかった。1週間に一度は更新していきたいと思う。
2月の末に1人でバンコク中心部のホテルに2泊した。車椅子だったが、ある程度は2本足で立てるので、入浴やら室内の移動は問題なくこなすことができた。
一泊目の夜、SNSで知り合い、昨年ご夫婦でバンコクへ移住されたお二人と日本式の焼肉店で会食。ご主人はリハビリ等に詳しい方で、いろいろアドバイスをいただくことができた。退院祝いということですっかりご馳走になってしまい、恐縮の至りであった。久々のレバ刺しは感無量であった。再会を約してGrabに乗り込みホテルへ帰る。
日本ではいろいろ議論があるが、スマホのアプリで玄関まで来てくれて車椅子も畳んでくれ、料金も比較的手頃なGrabやBoltといった配車サービスは、今の私にとっては神である。
28日は1ヶ月おきの定期検診。早朝に病院へ向かう。7時前に受付をした後に、8時に開始するレントゲンまで待つ。撮影が終わったら整形外科の病棟まで移動し、9時半の診察開始時間まで待つ。不平を言う者はいない。
執刀医の診察は約7分。膝を伸ばすように、そして歩くように、とのこと。リハビリのプログラムや具体的な指導はない。分野が違うのだろう。次回の検診は2か月後の4月末。
バンコクは冬が終わり、最高気温は34℃という日が続いている。なるべく外に出て歩行訓練に努めたいが、頑張ると膝が痛む。兼ね合いを探りながら、ゆっくり進めていくことにする。
Day 155
3月8日(金)
夕方、近所の小間物屋へウィスキーを買いに行く。4点支持の歩行器(ウォーカーと呼ぶ)を使って30mほどの距離をゆっくりと進む。左脚に荷重をかけても骨折部分の痛みは完全になくなった。その代わりやはり膝への負担、具体的には多少の痛みと大いなる違和感を感じる。膝は90度以上曲がるようになり、前回の検診で言われた真っすぐ伸ばすことも続けてきたのだが、歩行時に伸ばそうとすると、膝がうまく伸ばせない。筋肉が足りていないのだろう。現状、ケガの前のように歩いたり、ましてや走れるようになれるとは思えない。海に入っても溺れてしまうだろう。そう考えると、結構気が滅入る。富士山は登っておいてよかった。そしてシチリアのトレッキングも。
また、手術からもう3か月も経つというのに、縫合跡がピリピリと痛むことがある。これは皮膚の神経の問題なのだろうか、まぁ、仕方がないのかも知れない。
夕暮れの空気は涼しく、そよ風が心地よかった。1日1回は買い物に出かけるようにしよう。そういえば、松葉杖に移行するタイミングはどう計ればよいのだろう。もう変更しても良いのかも知れない。どうするかな。
仕事のことだが、日本の某大学の補助研究員の職が、来年度も続くようだ。まだ人様の役に立てるのであれば嬉しく思う。
Day 157
3月10日(月)
やはり少し歩くと膝が痛む。
で、改めてレントゲン写真を見てみる。

今さらだが、これはもしや骨に突き刺して固定しているのでは? いや、そうに決まっている。膝のすぐ近くに4本も刺さっているのだから、動かせば痛むのは道理だろう。3本ではだめだったのか、あるいは5本でなくてよかったと考えるべきなのか。4本である合理性を考えてみるが答えは執刀医のみ知る、だ。
現実を再認識した上で出来ることは、無理をせずゆっくり原状回復を目指す、しか思いつかない。まぁ、しょうがない。
Day 159
3月12日(水)
昨日は61回目の誕生日であった。
別に特別なことはないが、イタリアの友人が送ってくれたサラミとパンチェッタを夕食に楽しんだ。タイはワインが高価なのは残念だ。
2011年以降、この日は特別な意味を持つようになったので、派手なことは憚られる。
さて、膝周辺の筋トレを行うべくYouTubeで検索したところ、実に多くの動画がヒットした。その中から、医師が推奨していて負担が少なく、簡単そうなものを選んでみた。
https://youtu.be/y5XRWzpBPHI?si=lj_XAQxKB5sWf1RX
これをしばらく続けてみる。
おすすめがあればご案内頂ければ幸いです。
Day 160
3月13日(木)
遅ればせながら、左脚の膝をいろいろ動かし検証してみた。
ものにかかとを載せれば膝はまっすぐ伸びる。しかし、少し浮かしてみると、角度で3度ほど伸ばし切れずに曲がってしまう。つまり維持する筋肉が働いていないということだ。結構ショックである。
右脚と比較すると、膝をピンと伸ばすためには結構いろいろな筋肉を使っていることがわかる。
バンコク近郊で行ってみたい場所ができた。5月にはカナダへ行くことになった。6月にはミャンマーへ。マレーシアの友人にも会いに行く約束がある。気が急くばかりだ。
Day 160
3月14日(金)
このところの曜日に誤りがあったので修正した。
今は歩行訓練よりも膝周辺の筋肉をつけることを優先している。いろいろやってみると、筋肉はそこだけではなく、さまざまな筋肉と連関していることを実感する。その際、左ももの外側の筋肉を使っていることもわかるのだが、その部分は手術の際の切開で断裂してしまっている。
カナダの友人がアドバイスしてくれたように、少しずつ、少しずつ、だ。
Day 161
3月15日(土)
クソッタレが。
Day 167
3月21日(金)
気持ちがネガティブになっている。
外の情報が邪魔に感じる。
脚はまだ不自由だが、独りになりたい。
クソッタレ
Day 170
3月24日(月)
昨日から歩行器につかまりながら、左の膝が曲がるところまで曲げるスクワットを始めた。左足への荷重は少し抑え気味にしている。そして左膝を完全に伸ばすことに留意する。20回をワンセットにして、セット数を増やしていくつもり。もちろん膝の状態次第で加減する。寝ながら左足を伸ばした状態で浮かせて30秒、を続けてきたが、もう少し負荷をかけてみるのである。
感じるのは右脚の筋肉の衰え。支えになってくれないと困るのだが、すっかり退化している。
取り敢えずはこのなんちゃってスクワットを続けてある程度筋肉を付けることを目標にする。歩行はその後だ。
Day 178
4月2日(水)
年度は変わったが、タイでは関係ない。しかし日本の仕事をしていると元号がついて回る。同様にタイでは仏暦がある。ネット検索をするとIPアドレスの関係でタイにいることがバレてしまい、日本語で仏暦表示という奇妙な現象が生じてしまう。なかなか面倒だ。
4月28日午後1時過ぎ、ミャンマー中部、マンダレーの近くを震源とする地震が発生した。ゆーらゆーらという、ゆっくりしていながら揺れ幅の大きい、初めて経験するタイプの地震であった。この辺りはチャオプラヤ川から相当離れているのでその程度の揺れで、地盤が比較的しっかりしているのだろう。ご近所も含めて被害はなかった。
膝回りの筋肉は、日常生活でトイレに行ったりデスクワークをしたりである程度の進歩を感じるのだが、実際に歩行をしてみると、膝をもっと曲げろと身体が要求しているように、膝小僧の皮膚がパンパンに引っ張られるような感覚を覚える。また、損傷はしていないはずなのに、膝の内側に痛みを感じる。膝を曲げるトレーニングをしすぎたためだろうか。リハビリ専門科のある病院ではないので、その辺りのケアは皆無で、ネットが頼りという状態。とはいえ5月初旬にカナダへ行くことになったので、もう少し手軽な歩行補助器具が欲しいところ。調べるとT字杖というものらしい。1本購入して使ってみようと思う。
Day 192
4月14日(月)
先週、通販で杖を買った。
まだ慣れないので全身に力が入ってくたびれる。

昨日13日はタイのお正月、ソンクラーン。今年は外に出る機会がなくつまらない1日を送った。
今日は小間物屋のGさんが帰省中なのでセブンまでウィスキーを買いに出掛ける。ステッキでは不安定なので4点支持の歩行器を使う。距離はおよそ200m。骨折以来の最長歩行距離である。膝と股関節周りの筋肉、そして手術の切開で切り開かれた大腿筋に大きな負荷を感じた。帰りの200mは結構つらかった。疲労感は一時的なものだが、その後トイレに杖をついて歩くと、筋肉痛とは違う痛みを感じる。
ちょっとした事があり気分は最悪だ。引っ越しを考える。どこがいいだろうか。
Day 203
4月25日(金)
2か月ぶりの検診。例のごとく5時半に起きる。
レントゲンを撮り、診察を受ける。歩行訓練をすると膝が痛くなるというと、グルコサミン・コンドロイチンの粉薬を3ヶ月分出してくれたが、これがイタリア製で、本日の診察費は4,336バーツ(約18,000円)という驚くべきものだった。(ちくしょう、やりやがったな...)と心の中で思ったもののあとの祭り。現金の持ち合わせがなかったので、スマホのネットバンキングでQRコードを表示させ支払う。
膝はまだ110度に曲げるのが限界。少し歩くと次の日は膝が痛くなり休養する、というこの繰り返し。以前のように歩けるようになるのか、甚だ疑問である。
Day 362
10月3日(金)
今年2回目のミャンマー滞在中。
5月に車椅子でカナダへ行ったり、足は不自由ながら1人で海外へも出かけている。
もうすぐ1年になる。杖は必要だが、ある程度歩けるようにはなった。これもみなさまのご支援・ご協力のおかげと心より感謝申し上げます。
これにて、本ブログのこの項は一区切りとさせていただきたいと思います。
お読み下さった方々には感謝申し上げます。
またお会い致しましょう。
バンコクで入院したはなし3

事故から42日後の2024年11月15日(金)、ようやく退院する。これまで多くの方々から医療費の支出へのご寄付を頂き、心より御礼申し上げます。
退院はするものの、患部の消毒、ガーゼの交換は2、3日に一度必要で、それらをナースに依頼しなければならず、また、縫合箇所の抜糸もまだなので、治療費の支出はまだ続く。
Day 42
11月15日(金)
03:20 目が覚める。2時頃まで眠れなかったので、1時間あまり。いろいろ考えて結局朝を迎える。
05:00 起床、電気が点灯し、おばちゃんの元気な声。1日が始まる。歯磨き、洗顔、洗髪、身体の水拭き。支給されるタオルは小さめのフェイスタオルサイズなので、背中を拭くのに難儀する。肩の関節が柔らかいので何とかなっている。髭を剃る。05:35完了。
06:30 定時計測。血圧、体温、SpO2、血圧は101-71。喉が渇いたので、お見舞の燕の巣のドリンク(1本99THB≒450円!)を飲む。ほのかに甘く、ゼリー状のものがそれなのだろう。
07:05 魚のおかゆ。おかゆの中に豆のようなものを発見。これはタイの液体味噌「タオチオ」であろう。発酵食品を使うから味に深みを感じるのかも知れない。物足りないのでサラパオ(肉まん)も食べる。

07:50 経口薬。種類が増えた。感染防止のほか、炭酸カルシウム、ビタミンDといった骨の形成に関わるものも。薬というよりはサプリのようだ。

08:00 執刀医の訪問。退院前に足を真っ直ぐにする処置を行う、抜糸は2週間後、歩行器を使っても左脚は常に浮いた状態を保つこと、骨が固まるまで最低でも6週間はかかるので、負荷をかけてはだめ、患部の処置は2、3日に1回でいい。縫合跡はアルコールではなく生理食塩水でいい。痒かったらアルコールを使え、と。聞きやすい英語なのだが、医療用語を交えて早口で説明するので、一つひとつ確認する。
09:00 患部の処置。今回も薬剤を塗ったガーゼを穴に入れるのだが、今までのように詰め込むのではなく、傷口に立て掛ける、という感じで、痛みはほとんどなかった。処置はベテランのお母さん。手際がよく、仕上がりもきれい。念のために抜糸のタイミングを尋ねると、2週間後、とのことで、Dr.の説明と一致する。15分ほどで終了。

10:00 歩行訓練。廊下までの往復約10mを4点支持の歩行器で歩く。結構、上体の筋肉、握力を使う。時間にして3分程度で軽く汗をかく。左脚の痛みはそれほどではない。血液が集まるので縫合跡等が多少痛む程度である。
11:10 昼食。長い入院生活最後の食事である。白米、魚のフライ、野菜のゲーン・ソム、銀杏とピンクゼリーのシロップがけ。ゲーン・ソムは少々酸味のあるカレー。今日は結構辛く、完食できず。魚のフライもゲーン・ソムと併せて食べる。ギンナンはシアン系化合物が入っているので3個だけ食べる。ごちそうさまでした。

11時頃から激しい雨。そういえば、今日はロイクラトン、灯籠流しの日だ。昨年はチェンマイにロイクラトンを見に行ったのであったなぁ。雷も鳴りだした。
食事中にナースがくれたのは痛み止めかと思ったが、金属棒の穴に入れる特殊な資材で、「Aquacel」という商品だった。傷口にくっつかず細胞を修復してくれるようだ。
12:30 Saが来る。近所の呑み仲間のNさんが車を出してくれると話していた。雨なのでよかった。
脚に刺さっていた金属棒の病院への寄付、入院費の支払い、薬の受け取りなどをしてもらう。最後の入院費は19,200THB≒約85,924円。患部の処置は1回1,000THBで、ガタイのいい看護師に依頼したという。10回で45,000円。別の意味で痛い。
14:05 病室から車椅子で移動し、呑み仲間のNさんの車へ。助手席に乗り込むも楽なポジションが取れず結構痛む。家について友人から譲ってもらったという4点支持の歩行器で移動を試みるも、脚の痛みと低血圧もあってか激しい立ちくらみを起こし、門から2、3歩入ったところで動けなくなってしまった。額は脂汗である。
鎮痛剤(パラセタモル)を飲んで30分ほど休み、さらに近所の人々の助けを借りてようやく家に入りベッドへたどり着いた。気付けば16時である。
17:30 痛みに耐えた疲労からか目をつぶったらいつの間にか眠ってしまった。この1ヶ月間、夕食は16時に食べていたが食欲がない。退院で一区切りとなったので、これまでご支援いただいたご寄付と、医療費の支出をまとめてみる。明日には公開できそう。
夕食後眠ってしまい、夜中の01:30に目覚めた。世界情勢、日本の状況などを眺めつつ、本ブログの執筆等。爆速のwifiが快適で涙が出そうだ。おやすみなさい。
Day 43
11月16日(土)
夜中目覚めてもう一度寝る。
6時半起床。
身体と顔を石けん水で拭く。髪は面倒なのでスキップ。朝食。
午前中は頼まれ仕事を1件済ます。
昼食は、パンとチーズ、干しトマトのオイル漬け、サラダ。チーズとトマトはシチリア産。大家さんにワインを頼んだが、ナースに言われたからと買ってきてくれない。酒に厳しい国民性である。やはり余生はミャンマーで暮らすか。
歩行器を使って5m先のトイレへ。40数日振りのトイレでの排泄は得も言われぬ安心感、安堵感をもたらす。感動的ですらあった。普通であることのありがたさよ。
夕食、投薬。
9時頃に眠ってしまった。
Day 44
11月17日(日)
02:00 目覚める。
06:30 起床。ゆるゆると朝食。タライに水を張って液体石鹸を溶かし身体と顔を拭く。歯も磨く。病院と同じ方式。
患部の処置を依頼した看護師は、約束の9時に現れず、10時になった今も連絡もない。と思ったら10時丁度に来た。
ハサミ類の滅菌パック、固定フィルムなどは病院から持ってきたもののようだ。20分ほどで完了。脚の穴にガーゼを入れる処置が浅い傷口だけになったので痛みはほとんどない。楽になった。薬について、1日2回服用するものの数が足りなかったり、あるべきものがなかったりしたので、確認してもらうと、やはり間違っていたようだ。改めてくれるという。次は水曜日。1,000THBは高価だが、やむを得ない。

それにしても大腿部の側面がこんなに大きく切開されていたとは知らなかった。この部分の筋肉が破断されたわけだから、それは痛いし不自由にもなるよなと思った次第。高タンパクな食事を摂ることと、足首を動かしてリハビリすること、トイレまでの歩行訓練をすること、と言われた。
午後、夜とも特筆することもなく過ごす。兵庫県知事選挙があり、すごい結果になった。
Day 45
11月18日(月)
トイレへ2度、歩行器を使って行ってきた。だんだん力の入れ具合がわかってきて、余計な力が抜けてスムーズに動けるようになってきた。動かしたせいか、モモ側面の縫合跡が時々ピリピリ痛む。
頼まれていた翻訳に取り掛かる。下訳はChatGTPにやってもらうが、ベッドに座っての作業は、まだ長い時間は難しい。

Day 46
11月19日(火)
6時起床。身体を拭く。昨日の残りのゲーンキョワーン(グリーンカレー)で朝食。足の爪を切る。
谷川俊太郎の訃報を知る。ショックである。またひとり、大切な人が旅立たれた。
トイレへの行き来も楽になってきた。イタリアの友人から寄付金が届いた。本当にありがたい。
Day 47
11月20日(水)
18時、ナースの往診。金属棒が刺さっていた4つの穴は、ついに痛みから解放された。とても喜ばしいことだ。一方、もも側面の切開跡は生理食塩水を浸したボール状の綿で洗浄するも、場所によっては結構痛む。あと2週間ほどなのだが抜糸できるのだろうか。


処置のあと、リハビリを行うよう強く勧められる。特に膝が曲がらなくなっているので、それを曲がるように手を使って屈伸させよ、とのことである。また、普通の椅子に座るような姿勢でベッドに座る時間を持つように、とのことであった。
膝の可動域を拡げるのは結構痛い。徐々に頑張ることにする。
旧友が日本を立ち、バンコクへ向かっている。今日の深夜に到着し、明日の昼頃に来訪の予定。楽しみである。
Day 48
11月21日(木)
有朋自遠方来 不亦楽乎
昼頃に自宅まで来てくれ、たくさんの日本からの土産を持ってきてくれた。お世話になった近所の方々にもお返しができた。感謝。
そして久々の酒。積もる話やくだらない話に花が咲く。骨や筋肉は寝ている間に修復される、ということで買ってきてくれた高価なプロテインを牛乳に溶かして飲む。今日は早めに眠ろう。
Day 49
11月22日(金)
朝、web ミーティング。
昼までぼんやりいろいろ考えながらベッドで過ごす。
2時半過ぎ、友人が来る。仕事用の机に向かい、PCの配線をつなげ、請求書を作成して日本のクライアントに送る。溜まったメールの受信と掃除、友人にはモニタの向きの調整をしてもらった。
お湯を沸かして、垢まみれの両足を洗った。49日振り。やっときれいになり、すっきりした。
夕方18時まで話し込む。日本の物価高は本当に深刻だ。そんな中寄付をして下さった方々には心から感謝致します。
近所からの差し入れのクワイジャップと昼の残りのパットミーコラート(米麺の焼きそば)を分け合って夕食。食後に、彼が買ってきてくれたブラックサンダーを食べる。変わらずうまい。
寝る前にホエイパウダーと牛乳を混ぜたプロテイン。牛乳を飲むのは、実は15年ぶりくらい。思うところがあって飲むのを控えていたが、早期回復のためにはやむを得ない。
Day 50
11月23日(土)
少しずつ試みてきたが、筋肉を使って左足を持ち上げられるようになった。成長である。

友人が13:30に来る。例によって酒を呑みつついろいろ話す。大家であるSaの監視が厳しく、今日は私は呑めず。16時過ぎに近所の小間物屋の主人のGさんが再び見舞いに来る。そうこうしているうちに、退院の時に手伝ってくれたNさん、18時過ぎには、鍵を開けて血まみれの私を救急車に乗せてくれたTさんも訪れ、宴会となった。私はお預け。信心深いGさんも、今日は仏教に関する日ということで禁酒。全員と、明日は飲もう、と約束しつつ別れる。
16時過ぎには看護師が来て患部の処置。膝を曲げるリハビリを行うようにアドバイスを受ける。もも側面の切開跡が痛み、まだ滲出物が出ている状態。横で見ていた友人は、「40針位だな」と。数えてくれてありがとう。こんな状態で6日に抜糸できるのか心配になる。
明日は何か一品作ってみんなにご馳走したいが、できるだろうか。
Day 51
11月24日(日)
Nさんと、昨日、飲めなかったGさんと友人が集まって退院祝い。Gさんは日本のウィスキーが気に入ったようでずいぶんご機嫌で、ソンクラーンの踊りが出るほど。料理用に牛肉を買ってきてもらったもののフィレのステーキ肉。違うのだ、BBQ用だと言ったのに。仕方がないので、包丁でスライスする。これをニンニクの効いた故郷の焼肉のタレ「スタミナ源たれ」で玉ねぎと炒める。少ししょう油を足せばよかった。味見は大事。友人が買ってきてくれた日本のスナックも登場、ベビースターラーメンは「ラーメン・ヘン」というので大笑い。
昨日来てくれたTさんともう一人は、毎週日曜のフットサルがあるとのことで欠席。
ビールを少々いただいて良い気持ち。朝までグッスリ眠った。
Day 52
11月25日(月)
昼にホテルをチェックアウトした友人が来訪。いろいろ話し、しばしの別れのビールを酌み交わす。夜9時、夜行便搭乗のためGrabのタクシーに乗る。どうか気をつけて。また会おう。
Day 53
11月26日(火)
08:30 看護師の訪問による患部の処置。膝の屈伸のトレーニングをすると、縫合跡が開く感じの痛みを感じる旨を伝える。特に回答はなく、傷の回復状態は順調であり、次の診察ではDr.は抜糸するだろう、とのこと。
午前中、机に向かって椅子に座り仕事をする。1時間ほどで左脚が痛くなり中断。夕方になっても腫れぼったい感じがなくならない。
友人から無事、帰宅した旨のメッセージ。次は思い切り呑もう。
夕食はクイッティアオ・バミー・ヘン(汁なしタイラーメン)、大盛り。写っていないけれどワンタン(ギアオ)が4つ入っている。

Day 54
11月27日(水)
少々膝の屈伸のトレーニングをするも、やはり腫れぼったい感じの痛みが増す。ちょっとヤル気が起きず、ベッドで横になっている時間がほとんどであった。3度目の手術以来、足の親指、人差し指、中指がしびれている感覚が続いているので、足首の曲げ伸ばしだけは気がついた時に行う。
そして友人が日本から買ってきてくれたプロテインに牛乳を加えて飲む。骨の筋肉も寝ている間に修復されるのだという。修復材を投入してやる。
Day 55
11月28日(木)
昼飯に友人が買ってきてくれた煮干ラーメンを食べる。日本にいる時は神田小川町の店に時々食べに行っていたが、表示の通りの水500ccではしょっぱかった。それでも懐かしい味。

午後、机に向かってPC作業。左脚を小さな椅子に載せるが、1時間ほどで膝のダルさと痛さのためベッドへ戻る。まだ先は長そうだ。
新しいプロジェクトのために名刺を作る。片面カラー100枚、ちょっと厚めで450THB(≒1,980円)。日本より少々高いかな。
Youtubeで、日本人の若い女性がつまみを作って酒を飲む動画をいくつか観る。早くそんな暮らしに戻りたいものだ。タイのナスでカポナータも作ってみたいし、気温は30℃でも和風の鍋を作ってもみたい。結構意識しないと野菜不足に陥ってしまう。
Day 56
11月29日(金)
夕方、日本とweb meeting。終わって間もなく看護師来訪、患部の処置。いちばん大きな縫合跡がまだ痛い。まだくっついていないんじゃないかと不安になる。来週は抜糸の予定。金属の棒が刺さっていた4カ所は完全にふさがり、完治した。病院で激痛に耐えていた日々も過去のものだ。とはいえ、ネジ状になった先端は骨に刺さっていたわけなので、その穴の修復にはもっと時間がかかるだろう。
ミャンマー人の友人から電話。40分ほど話す。彼も苦労人だ。幸多からんことを。
歩行訓練
Day 57
11月30日(土)
近所の男の子が遊びに来た。興味津々だが恥ずかしがり屋さん。英会話スクールに通っているとのことで発音がほぼネイティブ。
膝を曲げるリハビリを行うが、やはり痛い。
Day 58
12月1日(日)
足に突き刺さっていた金属の棒を入院した病院に寄付をしたので感謝状が届いた。

そういえば、と入院して病院と手術をした病院それぞれからCD-R、DVD-Rをもらっていて、レントゲン写真などが入っている。

ドライブに入れるとブラウザが自動的に立ち上がる。骨折個所は膝のすぐ上で、そこを骨が突き破って飛び出たのであった。膝の上の縫合跡がそれを物語る(その3冒頭の画像参照)。

この写真は救急車で搬送されて最初に撮ったもの。3度目の手術後に撮ったレントゲン写真は含まれていない。どのように金属プレートで固定されているのか知りたかった。
夕暮れ時、Gさんがビールを持って見舞いに来てくれた。先週は日本のウィスキーを結構呑んでご機嫌だったが、やはり奥さんに叱られたとのことで、半日口を利いてくれなかったそう。わたしはロング缶一本、Gさんは大瓶1本を呑んでお開きとなった。
Day 59
12月2日(月)
退院してから気がついたのだが、左脚を動かすと足の色がドス黒く変わる。これもドクターに聞いてみよう。
1週間ほど返事のなかったタイ人の友人(国家公務員)からやっと返事が来た。タイ南部の洪水対応に追われていたようだ。健康に気をつけて。以前会ったことのある友人(国家公務員)を改めて紹介してもらう。スムーズにいってよかった。
夕食は日本のカレー。ジャガイモは抜き(くずれるので苦手)。日本からの友人のお土産。長年ジャワカレーのスパイスブレンドを食べてきて、初めて食べるカレー、S&Bの赤缶のパウダー状のルー。中辛なので少々物足りなかったが日本のカレーは久し振りだったので味わって頂いた。
Day 60
12月3日(火)
午後5時半、看護師来訪、患部の処置。膝の曲がりが悪いことが気になるという。金曜日の外来で執刀医に確認しようと思う。金属棒の跡はすっかりよいのだが、まだかさぶたになっていて、寝ている間に掻き壊してバイ菌が入らないよう保護するのだという。チャンタブリーに旅行へ行ったそうで、ジャックフルーツのチップスをお土産にもらった。彼の言う通り、ドリアンチップスより美味かった。
Day 61
12月4日(水)
膝を曲げるリハビリ。痛いが頑張って、頑張り過ぎない程度に頑張る。
寝る前にホエイのプロテインを牛乳でシェイク。ネタ状態で左脚を持ち上げる筋肉はだいぶ回復したが、ももとふくらはぎが悲惨な状態。まぁ、使ってないのだからしょうがない。

Day 62
12月5日(木)
今日はタイの祭日、プミポン王生誕日(父の日)である。といっても外に出れるわけでもないので、何も変わらない。
昼頃、Lazada(タイで大手のネット通販)で注文したタイパンツが届いた。日本の友人が欲しいというので、人柱として購入してみたのである。
私にとってはサイズはMで丁度よい。材質は残念ながら綿100%ではなく化繊との混紡だが、デザインは気に入った。黒・グレイ、グレイ・黒の2つを購入、送料込みで429THB(1,892円)である。


縫合跡が開きそうな感じが嫌で、今日はリハビリはお休みにした。明日は抜糸の予定だが、予約時間は午前8時。タクシーが拾える通りまで歩けないので、6時に起きて支度をしたらGrabかBoltを呼ぶ。これで玄関先まで来てもらえる。
Day 63
12月6日(金)
6時過ぎ、Grabを呼んで病院まで。車椅子に乗って7時ちょうどに来院登録完了。Government Hospital は医療費が安いので、とにかく混む、そして待つ。Dr.(執刀医) の診察は9時から。やれやれ。
診察室は3階。つま先が痺れるのと、動かした後に色が黒ずむことについて聞いた。明確な回答はなく、後で神経伝達を向上させるビタミンB群の錠剤が処方された。これは左肘を肘部管症候群で手術した際にも貰ったサプリ。入院中から左手に症状が出ているのでありがたい。抜糸とレントゲンを撮るよう言われる。
抜糸はやはり結構痛く、力んでしまい、小娘の処置医に呆れられてしまった。それでも痛いものは痛い。抜糸とは言うものの、糸ではなく金属であった。

その後レントゲンを撮って診察室へ戻る。レントゲン画像を見て驚いた。デカい金属のプレートが入っていて、膝のすぐ近くで固定されている。膝が腫れるわけだ。

膝の曲げ伸ばしの具合をチェックし、完全に伸ばしても痛みがないことを確認、Goodとのこと。リハビリの方向性は合っているようだ。あと1ヶ月半は左足に体重を乗せてはいけない、とのこと。取り切れなかった骨の小片は、骨折個所が復元する際に取り込まれて安定になっているそうで、これでもう手術の必要がなくなった。
次の診察は1月3日。薬は先のビタミン剤、カルシウム剤、ビタミンDカプセル。今日の医療費は1,074バーツ(≒4,720円)。
病院のフードコートで、60日ぶりの外食をしたかったが、大家さんに、ここはおいしくないからと拒否られてしまった。代わりに家で夕食に、イタリアから買ってきたチーズとドライトマトでワインを飲んだらやはり反対されてしまった。面倒を見てもらって感謝はしているが、面倒くさい。元気になったら引っ越そう。
Day 64
12月7日(土)
両足をお湯で洗う。64日にして2回目。足首から下だけだが物凄い量の垢で、さっぱりした。給湯設備がないので仕方がない。頼むのも気が引けるし、こういうところは日本が懐かしくなる。毎日水で体を拭いているが、お湯のある暮らしは便利であった。
抜糸跡は、部分的にチクチク痛む。AIに聞いてみたら「手術で皮膚を縫い合わせた後、傷がほぼ正常状態まで回復するには6カ月から1年くらいかかります。」とのこと。結構かかる。
それにしても不自由さにストレスが募る。カゴの中の鳥。
Day 65
12月8日(日)
ストレスがたまる日々。
Day 66
12月9日(月)
机に向かっての仕事。
メインPCに残しておきたいファイルづくり。1時間ほど経つと左脚に疲労を感じるため、休憩が必要なのが現状。30分ほど休めば復活するが、肌の色がどす黒くなる。
抜糸後のガーゼを外す。切開跡が生々しい。くっついてはいるが、時々チクリという痛みを感じる。
今週のどこかでイミグレーションへ行かなければならない。90日レポートという制度で、長期滞在者はもれなく提出の義務を負う。車椅子を借りなければ。
Day 67
12月10日(火)
憲法記念日でタイは祝日である。
午前中、しっかり仕事をする。脚の疲労感でやはり1時間が限界。午後はベッドで仕事をする。
90日レポートはまだ提出期限内であることをメールで説明したら、代行費は1,000THB+税と、エージェントが言ってきた。依頼しようと思う。これで車椅子は不要になった。
年末年始、自由に酒が飲めないのは地獄である。また、タイでは茶や珈琲も飲んではいけないという。そんな話は聞いたことがなく、非科学的な迷信がまかり通っているとしか思えない。とかくストレスがたまる。
Day 68
12月11日(水)
エージェントが1,070THBで90日レポートを代行してくれるというのでお願いすることにした。
骨折個所はたまに疼痛がある程度だが、膝の腫れがひかない。まぁ、ゆっくり。

Day 69
12月12日(木)
来週開催のセミナーに出席したいので車椅子を通販で購入。椅子に座る時間を少しずつ増やす。
ウィスキーを買いに近くの小間物屋へ。ここはGさんが経営するお店。10数メートルの距離だったが大変な重労働であった。奥さんが店先に出ていて、家までウィスキーを届けてくれた。友人が買ってきてくれた日本のウィスキーを大事に飲むため。
昼食に、マルちゃんの激にぼラーメンを食べる。これも同郷の友人が買ってきてくれたものだが、美味くてスープを飲み干しそうになった。
夕方、NさんとTさんがビール持参で来訪。楽しいひとときだった。
Day 70
12月13日(金)
机に向かって2時間作業。少しずつ疲労感が緩和している印象。
車椅子が届いた。セットアップはケガをした時に助けてくれた一人、Nrさん。これで多少出歩ける。
夕方、Gさん、Nさん、Nrさんが来訪。大家さんの友人のAさんが料理を作ってくれた。タイ語を教えてもらいながらウィスキーの水割りを飲む。楽しかった。
Day 71
12月14日(土)
近所の小間物屋のGさんに電話をして、ウィスキーを宅配してもらう。ものすごく助かる。ありがとうございます。
トイレの時にうっかり左足をついてしまう。激痛である。まだまだ、先は長い。ゆっくり、ゆっくりだなぁ。
Day 72
12月15日(日)
今朝はお湯で身体が拭けた。熱々だったので蒸しタオルのようにして拭いたらとても気持ちが良かった。もう70日以上もシャワーを浴びれていない。毎日石けん水で身体を拭いているとはいえ、サッパリしたいものだ。身近に公衆浴場や温泉がある日本は素晴らしいと思う。
とはいえ縫合後は時々痛む。
Day 73
12月16日(月)
縫合跡は相変わらず時々痛む。夕方、Gさん、Nさんがビール片手に来てくれた。Gさんには予めウィスキーを発注しておく。楽しい時間。
Day 74
12月17日(火)
朝、ビタミンD補給のため車椅子に乗ってしばらく玄関先で日光浴。気温は23℃だが、日差しは強い。出来れば続けたい習慣。
Day 75
12月18日(水)
昼、水道水の温度が上がったタイミングで、実に75日振りにシャワーを浴びる。縫合跡はまだ痛むので触れないが、金属棒が突き刺さった跡は洗える。残念ながらお湯ではないが、サッパリした。翌日は用事で都心へ出掛けるので髭も剃る。
昼食にざるうどんを食べる。これも氷水ではなく水道水で洗うのでビシッと締まらないが、美味かった。水の温度は大事である。
午後は長めに2時間ほどデスクワーク。やはり左脚が疲労する。
Day 76
12月19日(木)
早朝、Grabで都心まで。混雑を避けて6時に家を出て、開会の1時間半前に着く。
英語でのセミナーに出席したものの、やはり車いすでは非常に不便で、特にホテルのふかふかの絨毯は車輪を回すのに力が必要で難儀をした。成果は薄かったが、出席した意義はあった。
帰りもGrab。車いすは小柄なMAZDA2の荷室にも収納可能であった。普通車で十分。
比較的長時間座って過ごしたので、左脚の筋肉を無意識に使ったため結構疲労した。まぁ、少しずつ。
夜、ミャンマーの友人とビデオ通話。2月にヤンゴンへ行くことになりそう。
Day 80
12月23日(月)
11月から某大学の補助研究員になったのだが、年末に向けてやたらに忙しくなってきた。机に向かっている時間も長くなり、脚も疲労する。半面、筋肉を使っていることになるので、一種のリハビリともいえなくもない。
膝は突っ張ったままで、可動域に変化はない。少しずつでも曲げる努力をしなければ。
Day 81
12月24日(火)
忙しい1日だった。
脚は膝が曲がらない状況。一朝一夕では成せないのは勉学はじめみな同じ。接地させて自力の筋肉で曲げて90度までいかない。これでも結構頑張っているのだけれど。

縫合跡が痛むのは、まだ不安だ。
Day 82
12月25日(水)
バンコクも朝方は22℃と涼しくなってきた。大きなタライに湯を用意してもらい、身体を洗う。湯浴みである。気持ちがいいが、物足りなさもある。友人の助言のように、歩けるようになったらバスタブのあるホテルに泊まり、2時間くらい浸かっていたい。そしてワインとパン、チーズとプロシュート三昧をするのだ。
Day 83
12月26日(木)
近所の子供と約束したので、ミートソース・スパゲティを作る。と言っても身体の自由が効かないので作業を指示するのだが、うまく伝わらないし守ってくれない。ストレスばかりがたまる。
それでもイタリアの濃縮トマト缶のうまさに救われてまずまずの味に仕上がった。もっと太いパスタで食べたかった。
今日もお湯で身体を洗った。気持ちが良い。
日本からの寄付金、104,000円を振り込んでもらった。これまでの総額はのべ74名の方々から1,515,800円にものぼります。一方、医療費の支出は12月12日に通販で購入した車椅子も含めて1,924,830円です。実に78.8%をみなさまのご支援でカバーすることができました。心より御礼申し上げます。他にも無利息でお貸しくださった方もおられ、本当に助かりました。
本当にありがとうございました。
1月3日に検診を受けますが、これ以上大きな支出はないと思われますので、ひとまずご寄付の受付は一区切りとさせていただきたいと思います。
ご寄付だけではなく、たくさんの励ましのお言葉、アドバイス、お見舞の品なども頂戴し、異国で独り入院する中、どれほど勇気づけられたことかわかりません。本来であればお一人おひとりに御礼を申し上げたいのですが、匿名の方もおられますので、大変失礼とは存じますがこの場を借りて心からの感謝を申し上げる次第です。同時に、この募金を呼びかけてお骨折り頂いた(骨折だけに)わが畏友、広若くんにも厚く御礼申し上げます。
最後になりますが、みなさま方の新しい年が、より平和ですばらしいものとなりますよう、心よりお祈り申し上げます。どうぞ良いお年をお迎え下さいませ。
ありがとうございました。
Day 84
12月27日(金)
今日はタイでも実質仕事納めで、官公庁などは28日から1/1まで休みとなる。わたしも最後の追い込みでバタバタし、取り敢えず年内にやるべき仕事は95%終えることができた。
大家さんが出かけているうちに近所の小間物屋でウィスキーを買う。Gさんは実家のコラートへ帰っているので、奥さんのお母様と思しき方がお店に入て、親切に家までウィスキーを運んでくれた。
リハビリは膝を曲げることと、足首の上下運動を気がついた時に行っている。まだ縫合跡が痛む時がある。
Day 85
12月28日(土)
年内の仕事の残り5%が終わった。小間物屋のGさんが実家から帰ってきたとのこと。
明日は「ワンプラ(วันพระ)」という、真面目な仏教徒はお酒が飲めない日なので、Gさんがお見舞いに来てくれた。続いてN2さん、Nさんも。ちょっとした忘年会になった。ありがとうございます。31日にN2さん宅で飲み会があるそうな。どうするかな。
Day 86
12月29日(日)
木曜日に作ったボロネーゼソースがまだ残っていたので、ナスの乱切りをオリーブオイルで炒めたものと合わせてパスタを作った。何かを持ちながら歩行器で歩けないので、コショウが取れなかったり、もう少しトマトソースを加えたかったが出来なかったり。残念。
タイの薄緑色の細長いナスはしっかり油を含ませればトロトロになって美味い。炭火であぶって焼きナスにしても美味い。
仕事は1時間ほどする。これにて仕事納め。
昨日比較的長く膝を曲げたので少々腱が痛む。また、縫合跡も今までにない痛みを感じる時がある。
バンコクでインフルエンザA型が流行しているという。3日の通院時にはマスクをしていくことにする。5日来タイの調査チームにも持参するよう伝えた。
Day 87
12月30日(月)
特筆すべきことなし。
膝を曲げるリハビリは継続している。
加えて足の内側をベッドに接するよう、膝と足首をひねる運動も加える。
歩行器でトイレに行くと左脚の色が変わるのは相変わらず。原因を知りたい。縫合跡も時々痛む。
Day 88
12月31日(火)
年越しそばを食べなかった。
人生で初めてのことである。
夜、小間物屋のGさんの駐車スペースで飲み会。深夜0時に小さな花火が上がる。
To be continued
...
バンコクで入院したはなし2
事故から第26日目にして2度目の手術を受けることになった。手術の目的は、Debridement with Adjust External Fixation Left Femur、即ち炎症を起こしている骨折部分のお掃除である。
事故発生からの記録が長くなったので、この手術を機に「2」として項を改めることにした。遅々として治療は進まず、時間だけが過ぎてゆき、それとともに入院費はかさんでいく...。
Day 26
10月30日(水)
04:50 目が覚めた。体内時計が入院時間にセットされたようだ。空腹感も喉の乾きも感じない。
05:05 起床。歯磨き、洗面、洗髪、洗浄。05:30完了。
06:30 点滴。食事抜きなのでブドウ糖。
10:20 点滴追加、抗菌剤2本。
10:30 ふと思い立ち、青空文庫で河口慧海のチベット旅行記を読み始める。大学生の頃、夏休みで実家に滞在中、父の書斎にあった吉川英治の三国志(確か全4巻)を読破したことを思い出し、以前から気になっていた本書を読み始めた次第。長編をじっくり読める機会は人生でそれほど多くはない。この機会に読んでみる。
12:20 Saの見舞い。PC、タブレット、スマホ2台を持ち込んでいるが、手術中、ナースステーション(こちらではナースカウンターという)で預かってもらえるのはスマホ1台だけというので、Saに預かってもらう。読書の続き。
13:50 定時計測。
14:30 手術に備えて紙おむつを装着する。ここで初めて告白するが、左足の装具のため物理的に下着は履けないので普段はノーパンなのであった(紙おむつは蒸れる)。退院後は日本のフンドシを着用しようと考えている。10年ぐらい前はタイシルクを使ったフンドシが通販でよく売られていたのだが、今は見当たらない。タイ人に見せても、見たことがないそうだ。
16:05 定時計測。まだ手術室からのお呼びはない。夕食が配られる。さすがにお腹が空いた。
16:50 ナースが来て、「It s time 」と告げる。院内移動用のストレッチャーに移し替えられ、エレベーターで手術室へ。そして手術台へ。両足を閉じた状態で固定され、腕は左右とも伸ばした状態で固定、磔の際のキリストのような格好。酸素マスクを当てがわれ、あっという間に意識を失う。
21:30 病室のベッドで目が覚める。まだ猛烈に眠い。Saがいる。ナースにスマホを返してもらい、チャージする。喉が渇いていて水を飲む。痛みが結構強いので、鎮痛剤を点滴に混ぜてもらう。金属の棒は脚に刺さったままである。Saは家に帰り、再び眠る。
Day 27
10月31日(金)
03:15 目覚める。左足はバンテージでガッチリ固められている。痛みはさほどない。Xのタイムラインを見る。今回の選挙で改憲の発議が防げたことは大きい。
05:05 起床。足を動かすと切開部分が痛むので、顔と上体と、紙おむつをして汗をかいた陰部、臀部を濡れタオルで拭く。手術用の緑のシーツはおばちゃんが回収してくれた。鼻の酸素パイプも外してくれた。昨夜は術後とあってか1時間おきくらいに血圧、体温測定があり、寝不足である。
06:00 点滴。
07:05 朝食。魚のおかゆ。久々の食事。が、それほどの空腹感はなし。いつも安定の味。これにはショウガはなかった。

08:00 食後の薬。カルシウムだそうだ。

08:30 移動用のストレッチャーに乗り換えて1階へ移動、レントゲンを3枚。廊下のギャップが足に響く。レントゲンの助手の女性が「終わりました」と日本語で話しかけてくれたのが、少し嬉しかった。
09:00 処置箇所のガーゼ交換。やはり最も上体側の部分が痛い。09:05定時計測。小腹がすいたのでMcvitiesを食べる。美味しい紅茶が欲しくなる。
11:20 昼食。白米、魚類のフライ、豚ひき肉団子・冬瓜・人参のスープ。魚類は身がもちもちしているので、ナマズかライギョと思われる。あるいは台湾で一度食べたことのあるウツボかも知れない。デザートはなし。総務系ナースのチーフが来てそっとソム(みかん)をテーブルに置いてくれた。完食。

12:30 Saの見舞い。ナースカウンターへ行って書類をもらい、昨日の手術代を含めた入院費を支払ってもらう。金額は1,3704.50THB(10/29,30分)≒62,127円。内部の炎症部分のクリーニングだけなので、手術代はそれほどではなかった。次はプレートを入れるので、それが高いそうだ。
13:00 定時計測。
16:00 夕食と定時計測。熱っぽいと思ったら37.8℃の発熱。食欲がないので夕食はスキップ。日本とマレーシアの友人から励ましのメッセージをもらう。ありがたい。COVIDの可能性もありえるので、用心のためマスクを着用する。
17:00 痛み確認のナースが来たので痛み止めをもらう。調子が悪い。
17:15 点滴。痛いと言っているのに止めないバカナース。ふざけんな。
19:45 目覚める。いつの間にか眠っていたようだ。ツナサンドをかじる。タイにしては珍しく甘くない。寝汗をかいたようで、熱っぽさがなくなっている。退院したら何を食べようか。パンと赤ワインとペコリーノ・ロマーノ、ビスカッテ。やはりイタリアンかな。
20:20 ミャンマー人の友人から電話。ミャンマーでのプロジェクトなどについて小一時間の長話。元気そうで何より。また、ミャンマーへ行きたいものだ。
21:20 小腹がすいたのでサンドウィッチの残りを食べる。
21:40 定時計測。体温は36.3℃、脈拍75、血圧112-65。汗をかいたので体温は下がりすぎ。血圧は低め、心拍数は多め。水分とミネラルの補給でパパイヤを食べる。
22:45 点滴。
23:45 目が覚めるがそのまま眠る。
Day 28
11月1日(土)
00:55 目が覚める。
01:50 血圧測定。こんな時間に珍しい。
02:55 目が覚める。
04:45 目が覚める。何かを叫んでいる親父がいる。迷惑だ。そして05:05起床。昨日動けなかったので、今日は髪も洗う。脚が動くと金属棒が刺さっている周辺の皮膚が引きつって痛い。05:25完了。熱はない感じ。
06:10 点滴。
06:25 定時計測。血圧だけ。よくわからん。差し入れの黒ゴマ豆乳を飲む。

07:00 朝食。いつもの魚のおかゆ。さすがに飽きてきた。物足りないので、差し入れのパパイヤを少し食べる。完食。

08:00 錠剤2種を渡され服用する。
09:30 患部の処置。例によって昨日のナース、最悪。果たして痛かった。小太りの君には眼鏡饅頭というあだ名を与えよう。バンテージは巻かなかった。エアコンがないので蒸れて叶わないので、これは助かった。
10:20 点滴。
11:00 点滴。右のポートは痛みもなく順調だったのだが、出血していると眼鏡饅頭がいう。新しいポートを右手に作るも失敗。腕の内側なので痛い。それでも謝りもしない。左手の甲に作る。
11:05 昼食。白米、白菜と豚ひき肉の炒め、かぼちゃと豚肉のゲーンキョワーン(グリーンカレー)、ドラゴンフルーツ。カレーはしっかり辛く、かぼちゃの組み合わせは初めてだが、結構いける。かぼちゃが健康に良いのは知っているのだが、好んで買う野菜ではなかったが、これなら簡単だし美味い。良いことを知った。白菜の炒めは辛くない、塩味ベースのやさしい味。ドラゴンフルーツは酸っぱかった。今日はハズレ。完食。
14:00 カーテンの交換。4、5人のチームで手際よく作業する。いいチームワークだ。
16:00 突然の雷。大きな音で驚いた。そろそろ雨季の終わりが近い。定時計測。
16:15 夕食。白米(玄米?)、蒸したナスと魚の唐揚げ、豚ひき肉団子・玉ねぎ、じゃがいものスープ、タピオカとココナッツのお菓子。ナスと魚はナムプリックをつけて頂く。ナムは水、プリックは唐辛子の意味で、唐辛子、ニンニク、エシャロットなどをクロックという石臼で潰し、ナンプラーを加えて作るつけダレである。今日のは結構辛かった。ナスはマクアプロという細長いナス。色は薄い緑色だが、しっかり火を入れれば日本の長ナス同様トロトロになる。麻婆茄子を作る時も、私はこのナスを使う。完食。

17:10 点滴。投薬。
18:00 病院内に国歌が流れる。ふと窓に目をやると、外がもう暗い。日が短くなったのだなぁ。
22:45 点滴。
23:25 今日、向かいの3番に入ってきた男がやかましい。何時だと思っている。
Day 29
11月2日(土)
05:05 起床。3番ベッドの男が夜通し悲鳴を上げたり唸ったり叫んだりでほとんど眠れなかった。こんなのとあと1週間も一緒とは冗談ではない。少々払ってでも個室へ移るか。05:35洗浄完了。処置跡はまだ痛むし、大腿部左側が結構腫れている。
06:10 点滴。定時計測。計測の総務系ナースが、ムーピン、ガイヤーンという。何のことか分からなかったが、行商のおばちゃんが売りに来ていたのであった。ガイヤーンが食べたかったが、現金を持っていないことに気がついた。隣の9番ベッドのおじさんが貸してくれると言ってくれたが固辞した。
07:10 朝食。豚ひき肉と漬物のみじん切りのおかゆ。今日は少し塩気が強い。エアコンがなく汗をかくのでこれくらいがいいかも知れない。完食。

07:57 経口薬2種服用。
08:10 患部の処置。昨日よりは痛みは和らいでいる。人間の身体とはすごいものだ。
09:35 定時計測。ナースが自分のスマホを見せて“Huawei”という。“Japan is not high-tech country any more” と答える。事実だ。
11:08 昼食。昨夜ほとんど眠れなかったので、眠ってしまい、足をトントンされて目が覚めた。昼食。豚肉とタマネギのチャーハン(カオパットムー)、ルークチンのスープ、ロッチョンナムガティ。チャーハンは卵なしのスタイルで、ちょっと脂っこい。タマネギにはもう少し火を通して欲しい。スープはいつもの味。デザートのロッチョンナムガティは、米粉の麺であった。パンダンリーフ(バイトゥーイ)で緑に着色し、茹でるのだろうか。シロップはココナッツ風味。タイらしいデザートである。完食。

12:20 Saの見舞い。Cafe Amazonのタイティーを買ってきてくれた。昨夜の騒音野郎の話をし、今夜もうるさいようなら病室を移りたい旨話す。ナースに確認すると、今の野戦部屋から4人部屋へ移ると+1,000THB、個室だと+2,000THBとのこと。しかし、一体いつまで入院していなければならないのか、Dr.からの所見をまだ聞いていないので、安易に移るわけにはいかない。ストレスがたまる。
13:30 Saが帰る。Xのタイムラインを見ていたら、マイケル・ムーアが大統領選挙に向けて、自身の作品「華氏9/11」をYouTube無料公開しているとのことで、鑑賞する。ミシガン州で水道水汚染の事件があったことを初めて知る。
15:55 定時計測。検温はせず。
16:05 夕食。白米、春雨とキャベツ・豚ひき肉の炒め、小エビとパイナップルのレッドカレー、りんご。このカレーは初めて。一口食べると酸味が先に来るのだが、その後にココナッツミルクの甘さが広がっていく。一方で、辛さは今までの料理の中でtop 1である。

16:50 経口薬、DUOCETZという錠剤で鎮痛剤であった。16:55 点滴。ポートはまだ大丈夫。
20:00 消灯。河口慧海はいよいよチベットに入国するところ。
22:45 点滴。今日は3番ベッドの男は静かだ。個室に移らなくてもよさそうだ。
Day 30
11月3日(日)
なかなか眠れず眠りに着いたのは朝4時。05:05起床。前日の迷惑な悲鳴男は結局、静かであった。腹を立てたりして申し訳なかった。まだまだだなぁ。
06:15 点滴。が、入っていかない。左手の甲のポートを調整するが結構痛い。「Pain」というと「I know」と返してきやがった。お前のことは「カマキリ」と呼ぶ。いいかい、お前は今日から「カ・マ・キ・リ」だよ!
06:30 定時計測。
07:05 朝食。おかゆ、玉子焼き(カイジャオ)、豚ひき肉の炒め。炭水化物とタンパク質。直球である。おかゆはかなり緩めで、これをさらにコメの形がなくなるまで煮たものを「ジョーク」といい、タイでは朝食によく食べられる。カイジャオは以前書いたように、たっぷりの油の中を泳がせるようにして火を通すのだが、これには油脂の存在が感じられない。失敗した日本の卵焼きのよう。味はほのかな塩味のみ。豚ひき肉もあっさりした味付けで、わずかにタイしょう油(シーユーカオ)の風味が感じられる程度。まぁ、あれだ、総じて「完璧な」病人食、であった。完食。

07:45 経口薬。カルシウムと抗炎症剤。患者の名前と薬剤名が印刷されたパッケージで配られるのはすごい。

08:20 台湾の友人からメッセージ。何か必要なものはあるか、と。台湾は何度も訪れた思い出深い場所。焼餅、鹹豆漿の朝食を思い出す。さすがにそれは頼めないので、台北のお気に入りのお茶屋さんで売っている中国茶の急須をお願いした。これで中国の友人からもらった老白茶も美味しく頂ける。
09:25 総務系のチーフが、患部の処置がまだなのに気づいてくれた。ガタイのいい彼が交換してくれる。いつ退院できるのかを尋ねたところ、わからない、おそらく火曜日に執刀医の回診があるので、その時に話すだろう、とのことであった。
09:50 小腹がすいたのでチョコウェハスを食べる。

10:20 点滴。痛い。10:55 追加の点滴。とても痛い。11:15点滴終了、ポート撤去。まだ痛い。
11:15 昼食。白米(1/4程度もち米)、豚もも肉のトムヤムスープ、豚肩ロースとパイナップルの煮込み、チャオクワイ(仙草ゼリー)。ご飯はよく見ると黄色みががったコメが入っている。それだけで食べると、明らかにもち米であった。こんなご飯の炊き方もあるのだなぁ。豚もも肉のトムヤムスープは噛み応えのある肉と少々辛いスープ。キノコを入れればより美味くなりそうだ。肩ロースとパイナップルの煮込みは、甘さと酸っぱさが混じった味で、脂身がとても美味かった。パイナップルは芯の部分を使っているのか煮崩れず、酵素の働きで肉もとても柔らかい。味付けは砂糖とシーユーカオだろうか。酢豚のパイナップルを許せない人には向かないが、素朴だが美味しい一品であった。チャオクワイはいつもの通りたっぷり入っていた。と、ここでお気づきかもしれないが、この昼食も見事に炭水化物とタンパク質である。私のメニューの傾向が明らかに変わったようだ。夕食はどんなだろう。完食。

15:10 小腹がすいたので、ビタミンを摂る意味もあり、ソム(みかん)を1つ食べる。あまり甘くない、ハズレだった。
16:00 定時計測。16:10夕食。白米(+もち米)、空芯菜、きゅうりのゲーンソーン、魚の輪切りのフライ、バナナのココナッツシロップ煮(クルアイ・ブワッチー)。ゲーンは少々辛口、魚のフライは食べ応えあり。おそらく養殖の川魚だろう。ウロコがきれいに取ってあって助かった。デザートの「クルアイ」はバナナ、「ブワッチー」は尼さんの意味で、尼さんの着る白い袈裟から来ているとのこと。タイ語の名前は、総務系ナースのチーフが教えてくれた。ゲーンに多少の野菜は入っていたものの、やはりタンパク質と炭水化物中心の献立のようだ。完食。


17:00 点滴。眼鏡饅頭である。もはや天敵か。案の定、2回失敗し、左手は満身創痍である。右手首上に作る。

21時頃 眠りに落ちる。点滴で一瞬起きるも、眠り続ける。
Day 31
11月4日(月)
02:00 目覚める。不思議な夢を見た。若い、恋の夢。
Biocharの関係でEUからメールが来ていたので、ざっと目を通す。Taxonomy、分類についての知見を収集するため、広く意見を求める、ということのようだ。関係者と共有しておくのがよかろう。
05:05 4時頃眠り、足をトントンされて起こされた。洗浄、今日はヒゲも剃る。05:30完了。
06:18 停電。5秒で復帰。06:20 停電。3秒で復帰。
06:30 定時計測。点滴。眠い。
06:55 朝食。骨付き豚バラおかゆ。好きになったメニュー。ニンニクも入っていた。今日は気持ち塩分が強め。完食。

07:20 喉が乾いたので黒ごま豆乳を飲む。ほのかに甘い。シーツ交換。
08:00 バングラデシュの知り合いの研究者からWhatsAppに連絡があったので返答し、入院している旨を伝える。
08:15 日本の友人からLINEにメッセージ。近くバンコクへ来るので必要なものはないか、と。高校時代からの付き合いなので、甘えてフンドシを3本お願いする。ありがたいことだ。
09:20 点滴✕2。仕事の丁寧なベテランさん。彼女の注射は痛くない。
11:45 いつも11時に来る昼食がまだ来ない。お腹が空いた。しかし、誰も文句を言い出す人がいない。
12:20 やっと昼食。白米、豚肉と青ネギ・にんじんの炒め、魚の唐揚げ。トウモロコシと小粒タピオカのシロップがけ。豚肉の炒めは醤油ベースでご飯が進む味辛さはなく、日本の肉野菜炒めに近い味。青ネギは十分火が入ってはいるが噛めばぬたのネギのような歯応えがあり美味い。魚はプラーサリッド(ปลาสลิด)という名前で、手のひら大の大きさ。日本のエボダイのように身は多くはないが味がとてもよい。ただ、塩が強すぎたのが残念。デザートは見た目よりも甘さが強くなく、あっさりとした味わい。トウモロコシは久々に食べた。魚は塩っぱくて1/4残してしまった。ごめんなさい。

12:30 食事中、Saの見舞い。夜食用にカップラーメンを2つ買ってきてもらった。現在の状況について情報を共有する。どうも、退院の可否は感染症の状況次第のようだ。8日の血液検査の結果、問題なければ金属棒を外してプレートを入れる手術をして12日以降に退院、というスケジュール。
16:00 定時計測。夕食。白米、豚肉のガパオ、キャベツ・カリフラワー・フクロタケ・キクラゲ・豚ひき肉団子のスープ、ココナッツを使った餅菓子。ガパオは辛かった。この1ヶ月ほどの病院食中で2番目の辛さ。汗をかいた。赤唐辛子、バイマックルーの葉、ガパオの他に、生コショウ(プリックタイオーン)も入っていた。このスパイスは独特の辛さだけけではなく、清涼感をもたらしてくれるお気に入りのスパイス。いつかこの実で佃煮を作ろうと考えている。スープはいつもの味だが、フクロタケが入っていて嬉しかった。デザートはバナナの葉のカップに入ったモチモチの蒸し物。完食。

17:00 点滴。

17:30 経口薬(抗菌剤)。なぜか眠い。なぜだろう。うとうとして眠ったり目覚めたり。
19:20 ミャンマー人の友人から通話。20分ほど話す。
22:55 点滴。痛みなし。頑張れ、俺の免疫細胞たち。
Day 32
11月5日(火)
02:00 頭の向こうのベッドに明かりが灯り、話し声も長く続き、眠気を削がれる。
小腹が空いたので、カップ麺の準備をする。
04:00 目覚める。カップ麺は水で戻しても食べられる、という日本の災害関係の情報が、本当かどうかを検証しようとやってみたが、2時に水を入れ、30分で良いところを眠ってしまい今に至る。2時間である。恐る恐る食べてみるが食べられないことはない。麺の硬さは悪くない。が、美味しくはない。読書、河口慧海は未だチベットへは至らず。
05:15 起床。毎日のルーティン、水が冷たい。季節が変わったかもしれない。雨季が終わり、バンコクはこれから1年で最も過ごしやすい季節を迎える。そういえば、夜間、天井の扇風機が止まっていた。05:35終了。
06:25 点滴。カマキリだ。ポートの痛みはなし。
07:15 朝食。いつもの魚のおかゆ。ただ、見たことのないスパイスが入っていた。噛むとカルダモンのような清涼感を伴った味がする。なんだろうか。


08:40 ナースたちが各ベッドを回る情報共有。チーフと挨拶だけ交わす。
08:50 患部の処置。今日は仕事が丁寧なベテランさん。足に突き刺さっている4本の鉄棒の周りと手術跡のアルコール消毒と薬剤の塗布、ガーゼ交換。膝の擦過傷のかさぶたも処置してくれた。ありがとうございます。
10:05 点滴。河口慧海がチベットに入国した。
11:10 点滴。頻度が上がった?
11:20 昼食。パットシーユー・センレック、豆とタピオカのシロップがけ。「パッ」は炒める、「シーユー」はしょう油の意味。センレックは麺の種類で、日本のきしめんほどの幅の平たいコメの麺。しょう油味の焼きそばである。キャベツと豚もも肉、わけぎが入っていて、見た目以上にボリュウムがある。全く辛さがないので辛いのが苦手な人にもオススメできるタイ料理。デザートはしっかり甘かったが、残さず食べた。見慣れない食材が入っていたので記録しておく。


12:10 Saの見舞い。マカダミアナッツの差し入れ。入院費の精算をしてもらう。13,070THB(11/1,2,3,4,5)≒59,208円で、1日当たり約12,000円かかっている。早く退院したい。
16:15 定時計測。
16:20 夕食。白米、キュウリ・ヤングコーン・卵の炒め煮、イカのトムヤムスープ、ドラゴンフルーツ。炒め煮は甘い味付けで、醤油と砂糖とオイスターソースだろうか。トムヤムスープはシッカリと辛く、大きめの唐辛子は取り除く必要があった。トムヤムスープは難しいように思えるが、スーパーに行けば、レモングラスやバイマックルーの葉などがセットになったものが売っている。あとはトムヤムペーストとマナオ(カボスくらいの大きさの柑橘系果実)があればいい。トムヤムクンは辛味とともに酸味も強いが、あの酸味は酢ではなくマナオの果汁だけで成り立っている。よってビタミンCもたっぷり摂ることができるメニューでもある。ドラゴンフルーツはまぁまぁ甘かった。

17:05 点滴。国民民主党が自公に付くというので党首が批判にさらされている。最初から分かっていたこと。
23:00 点滴。眠りに落ちる。
Day 33
11月6日(水)
02:20 目覚める。
03:30 4番がこの夜中に大声で電話をしている。うるさい、とっとと寝ろ。
05:05 起床。結局眠れず朝を迎える。洗顔、洗髪、洗浄。
06:15 点滴。
06:25 定時計測。
07:05 朝食。白粥、魚の唐揚げ、キャベツの炒め煮。魚の唐揚げは塩が控えめで、いつものように骨を完璧に取り除いてあり、美味。キャベツ炒めの味付けはしょう油(シーユーカオ)よりも甘さとコクがあるので、シーユーダム(溜まりしょう油)かも知れない。完食。
07:45 Dr.来訪。脚にはもう余計な有機物は観察されず感染症の兆候は見られない。希望するのであれば来週、プレートを入れる手術をする、とのこと。血液検査をしていないのになぜ感染症がないことがわかったのか疑問だったが、患部の処置の際に皮膚の一部を採取したのだという。もちろんお願いした。長い入院生活も終わりが見えてきた。ご寄付やご助力・ご支援をいただいた方々には心から感謝申し上げます。
Dr.が戻って来て、来週は手術室に空きがないので、オペは今日の夜7時位とのこと。ありがたい!
取り急ぎ現状をご支援いただいた方々に報告する意味でfacebook上やDMで連絡する。
09:30 ベテランさんのナースがInformed Consent への署名を持ってきた。タイ語のみなのでもちろん読めない。言われるがままにサインする
10:00 ブドウ糖の点滴。右腕にポートを作るが、あぁ、また君なのか、眼鏡饅頭さん...。祈るような気持ちで天井を見つめる。果たして一発で成功。やればできるじゃないか。その後ちょっとした事務作業。
11:20 昼食。


17:20 手術室へ移動
Day 34
11月6日(水)
00:20 病室へ戻る。激しい痛みでPain killer(痛み止)を求める。胃にこみ上げるものを感じ、食べられない。水だけ、総務系ナース2人にもらう。足の向きを真っ直ぐにする。激痛。尿意あれども麻酔で自由が利かない。眠りに落ちる。足に突き刺さった金属の棒はなくなっている。
05:10 起床。痛みで動けず、朝のルーティンはスキップ。夜中に患部の処置があったが時間を覚えていない。痛かった記憶だけがある。麻酔のせいか。
05:50 総務系ナースに手伝ってもらい着替えと洗浄をしてもらう。痛い。尿意を覚え尿瓶を持ってきてもらうようにお願いしたらカテーテルが入っていた。漏らしてなくてよかった。
06:10 定時計測。その後、別のナースが指先から採血。
06:35 点滴。
07:05 朝食。魚のおかゆ。3口食べて眠ってしまった。食欲なし。眠ることにする。

08:20 起こされる。「 Xlay」。あぁ、やっぱりか。ストレッチャーに乗り換えて1F外れのレントゲン室へ。建物が古いので段差を越えるたびに激痛が走る。運ぶ方はお構いなし。例よって足を捻じ曲げられ地獄の痛み✕3枚。病室のベッドに戻ってきてもまだ痛い。また、薬のせいかやたらに喉が渇く。
08:50 ナースの巡回。May I have a pain killer? 痛み止めの錠剤を手に入れた。早く効いてくれ。
09:30 患部の処置。痛い。金属の棒が刺さっていたところにガーゼが埋めてある。それを引き抜い、新たなものを埋めるのである。激痛。もう少しやさしくできないものか。痛みに耐えると消耗する。非常に疲れた。
10:18 ナースが足に埋まっていた金属棒を持ってきてくれた。こんなのもらっても、何に使ったらいいものか。先端にネジを切っているところが恐ろしい。材質はなんだろう、かなり重い。

11:05 昼食。白米、キャベツの千切りと豚ひき肉の炒め、エビとキャベツの辛いスープ。炒め物は醤油と砂糖ベースで辛味はなし。スープは初めて食べる白濁したタイプで結構辛い。白米が少し固く美味しくない。食欲もなく、20%ほど食べて残してしまった。

11:50 ガタイのいい看護師が来て、点滴経由で痛み止めを打ってくれた。これは8時間おきに使用するもので、痛みが改善されなかったら私を呼べ、パラセタモールを処方する、とのこと。
12:25 痛み止めの経口薬を支給される。
12:35 Saの見舞い。ビスケットを買ってきてもらう。カノムジーン(タイのコメ素麺)も買ってきてくれたが、合わせるカレーが辛すぎて、今は欲しくない。
14:30 尿道カテーテルの洗浄。年配のナースが突然来てクリーニングしてくれた。カテーテル外すのかと思ったが、そうではなかった。
16:05 夕食。 白米、魚のフライと玉ねぎの炒め、豚ひき肉団子と大根のスープ、パパイヤ。魚は一回揚げてから野菜と炒めて味付けしたもの。非常に辛く、今回の病院食のNo.1。スープはいつもの味、パパイヤは甘くなかった。パパイヤは完食。その他は半分程度食べた。食欲がわかない。

17:00 食後の薬。痛み止めを2種類。
17:20 点滴。
18:20 甘いものが欲しくなって、差し入れのnutellaのビスケットを1つ食べる。紅茶が欲しい。

19:05 ミャンマー人の友人とビデオチャット。
22:10 点滴。
Day 35
11月7日(木)
00:25 目が覚める。脚が痛む。脚の下にクッションを入れる角度を変えたり、タオルを敷いたりと色々試すが楽なポジションにならない。
02:20 目が覚める。故郷の夢を見る。脚が痛む。わずかに角度を変えるも、変わらず。
03:40 目覚める。
04:20 目覚める。痛い。ナースコールのスイッチが見つからない。見つかった。鎮痛剤をもらって飲む。暗くて見えないが小さなカプセル。
05:00 起床。顔と髪を洗うも、痛みで身体を長く起こしていられない。寝ながら身体を拭く。痛み止めは効いているのだろうか。05:20完了。
05:30 痛みの確認。痛さの程度を6/10と告げる。錠剤をもらう。また、飲んだ水の量の計測、膝の水の計測。
水と尿の量を計測
06:00 採血。続いて点滴。定時計測。血圧が100切ってる。
07:00 朝食。鎮痛剤が効いたようで眠っていた。いつもの魚とセリ・ショウガのおかゆ。空腹だったので完食。塩味は薄めだった。

今更だが、右の上唇が痛い。恐らく麻酔の際に乱暴にされたのだろう。
07:30 食後の薬3種。
08:15 眠っていたら執刀医に起こされて説明を受けた。感染症がなければ一週間程度で退院できること。骨の破片がまだ残っているので、可能であれば設備の整った民間の病院でもう一度手術を受けることを推奨すること、そのために、落ち着いたら医療保険に入ること、退院後も少なくとも2ヶ月半は脚を接地できず松葉杖を使うことになること。
09:05 患部の処置。痛かった。
09:15 やれやれと思ったら若い男女が来ていきなり歩行訓練だという。いや、無理です。4点支持の杖なのだが、痛みに加えて急に起き上がったため、ひどい立ちくらみ。血圧も低かったこともあるだろう。4歩で終わり。次の訓練は月曜日だから、それまでベッドの上で座る時間を長くしておいてね、との指示。痛かった。
11:05 昼食。クルンと丸まったコメの麺、クワイジャップ。今回は辛味を調節できる唐辛子のソース付き。スーパーで売っている姿は四角い半透明の板だが、茹でるとカールするユニークな麺。デザートは、オウギヤシの実の胚乳の、ルークタンという半透明のもの。アイスクリームのトッピングなどにも使われるデザート素材。黄色い細かなものはフルーツのようだが不明。

11:40 食後の薬。
12:25 Saの見舞い。サラパオ(肉まん)を食べる。美味い。一昨日の手術費も含めた直近3日間の入院費は、75,927.5THB(11/6,7,8)≒340,730円。

nurseの話では、来週の金曜日が退院予定とのこと。その後自宅療養となるが、患部の処置は毎日行わなければならず、近場のクリニックなどに依頼する必要があるという。概ね1回に500THBとのこと。頭が痛い。ベッドも必要だ。
午後はうとうと過ごす。眠っているような、起きているような。それでも痛みは常にある。
16:05 夕食。豚ひき肉のガパオ、蒸し魚、黄色いスイカ。ガパオはちゃんとガパオの葉の味がする。ほどほど辛い。魚は味がしない。ちょっと箸が伸びない。スイカは美味しかった。70%で完食に至らず。

16:45 食後の薬、3種。
17:20 点滴。
18:40 知らずに眠っていて、目覚める。ミャンマーの夢を見た。少し熱っぽい。水を飲む。最後の手術後、水を飲む量と尿の量が記録される。
21:05 目覚める。脚の痛みは多少楽になった。水を飲む。
21:50 定時計測。
22:30 小腹がすいたので、差し入れのサラパオ(肉まん)を頂く。サラパオ・ワラポンというチェーン店のもので、豚挽き肉を使ったものは「サラパオ・ムーサップ」という。ほのかに辛いのがタイらしい。551も美味いけれどこれも好き。
22:55 点滴。
23:50 点滴終了。
Day 36
11月8日(金)
0:10 昨日からやたら大きな咳をする患者が入院してきた。声が大きいのでフロア中に響き渡る。時にはドキリとする。イヤフォンをする。
05:15 起床。総務系ナース、ベッドの外側に掛けてあるタオルと着替えを取ってくれない。あの醜女はいつも意地悪をする。地獄へ落ちるがいい。ガタイのいい看護師が、尿道カテーテルと膝の水抜きパイプに内側から通してズボンを脱がせてくれた。歩行訓練がないのでフルチンのほうが便利である。06:00終了。尿の採集・計量。
例の看護師がHow are you today, と聞くのでThat's badと答える。痛み止めをくれた。
06:10 点滴。テーブル動かしたら元に戻せよ、届かないだろう💢

07:05 朝食。豚ひき肉のおかゆ。さすがに飽きた。半分で終了。

08:45 患部のガーゼ交換。金属の棒が突き刺さっていた跡の穴に薬剤を塗ったガーゼを埋め込んでいく。痛みに声を上げる。痛みに耐えるために力を入れるので、終了するとヘトヘトになっている。
10:15 定時計測。
10:30 点滴✕2
11:00 昼食。白米、豚肉とカーのピリ辛炒め、豚挽き肉団子・白菜・ニンジン・豆腐のスープ、リンゴ。豚肉の炒めは色ほど辛くはない。カーの細切りが入っていて食感が悪い。スープはいつもの味。

13:45 定時計測。
15:00 小腹がすいたのでクッキーを食べる。
16:00 定時計測。頭痛がすると思ったらなんと38.0℃も熱がある。感染症か。食欲もない。
16:05 夕食。白米、鶏ひき肉団子と苦瓜のスープ、茹でキャベツと魚のフライ、ナムプリック、スイカ。熱と頭痛で食欲なし。こういう状態で辛いナムプリックは辛い。白米半分、スープ、スイカだけ食べる。

16:45 経口薬3種。
17:15 点滴。
18:20 Saの見舞い。アンパンとソーセージパンをリクエストしておいた。バナナとトマトジュースも買ってきてくれた。熱のある身体に冷たいトマトジュースは気持ちがいい。助かる。近所の飲み仲間が見舞いに来たがっているそうだが、言葉が通じないので歯がゆい思いをしているとのこと。元気になったらまた、呑みましょう。
18:30 高校時代の友人とチャット。日本からバンコクまで見舞いに来てくれるという。ありがたいことです。
21:05 ちょっとお腹が空いたので、アンパンを1つ食べる。
22:00 定時計測。熱は下がったようだ。
Day 37
11月10日(日)
00:20 点滴の終了で目覚める。No. 5のベッドに誰かは居るらしい。バタバタしている。
01:45 目覚める。寒気がする。タオルケットをかけて、天井の扇風機を消すようにお願いする。熱っぽい。
05:05 目覚める。05:15起床。元気なおばちゃんは、タオルも着替えも、歯磨きの壷も手の届くところに置いてくれる。あの醜女とは雲泥の違いだ。ありがとう、おばちゃん。
歯を磨き顔を洗い、髪を洗い身体を拭く。3度目の手術以降、初めてまともに自分でできた。人体の回復力とはすごいものだ。老いたりとはいえどキチンとDNAが元の身体に近いように修復してくれる。05:45完了。
6:15 点滴。
07:05 朝食。白粥、魚のフライ、キャベツと豚ひき肉の炒め。さすがに一ヶ月以上いると同じメニューも出てくる。キャベツはしょうゆと砂糖の味付け。完食。熱っぽく頭痛がする。

08:15 経口薬3種。
08:45 患部の処置。激痛。眼鏡を外しているので見ていられるが、身体に空いた穴に薬剤を塗布したガーゼを埋め込んでいく際の光景と痛みは筆舌に尽くしがたい。思わず悶絶する。ナースはあのカマキリだ。「感染症のためよ」とは言うが、他に方法はないものか。09:00終了。膝の水のホースが抜けた。相当な長さが膝に埋まっていて驚いた。抜く際は痛みはないが、奇妙な感覚である。
11:05 昼食が配られるが、右手の点滴ポートが古くなったので新たに作る、も失敗。手の甲で成功。点滴。タイのナースは静脈注射の技術は高くないようだ。
昼食は白米、イカのトムヤムスープ、茎状の野菜と鶏肉・人参の炒め、チャオクワイ(仙草ゼリー)。この茎状の、先端に蕾のある野菜は八百屋で見たことがある。が、名前は知らない。もっとサイズの大きいものは買って炒めて食べたことがあるが、こんな小さなものは初めて食べた。火が通っていてもシャキシャキした歯ごたえが残っていて、さっと湯がいてからし醤油で食べるとうまそうだ。トムヤムスープは辛さ控えめであった。いつものようにチャオクワイは大量だったので、半分ほど食べてレンゲをおいた。


13:45 定時計測。体温は36.6℃に下がっていた。血圧も上は120台に回復。
15:15 尿道カテーテルの洗浄
16:00 定時計測。
16:10 夕食。白米、大根と豚ひき肉団子のスープ、豚ひき肉と春雨の炒め、モンキーバナナ。辛いものがないメニュー。ちょっと退屈。

17:05 点滴。いろいろ角度を変えるもうまく薬剤が入っていかない。次は左腕に作るという。結局、1日持たなかった。
18:20 Saの見舞い。サラパオ(肉まん)やパンを買ってきてくれた。
21:05 小腹がすいたのでサラパオを1つ食べる。

22:50 点滴。おデブちゃんは失敗。カマキリに交代、成功。成功率を飛躍的に上げる道具などはないものか。
Day 38
11月11日(月)
01:00 目が覚める。
04:00 目が覚める。軽い頭痛がする。
05:05 起床。いつものルーティン。今朝は髭も剃る。足の痛みが増したように思う。特に向こう脛の穴の跡が痛む。膝の水のパイプは抜けたが、尿道のパイプが抜けない。正直なところ膀胱炎が怖い。05:35完了。
06:00 消費期限が近いので昨夜に続きサラパオを頂く。美味い。
06:30 点滴。
07:05 朝食。豚バラ煮込入り豚ひき肉のおかゆ。豚バラは特に味付けはしておらず、おかゆと一緒に煮込んだ感じ。完食。


08:05 シーツと枕カバー交換。これが脚を持ち上げる必要があるので結構痛みを伴う。ほぼ一日おきの交換だが、今日も痛かった。
09:00 患部の処置。今日も激痛。特にスネの金属棒跡に消毒液を染み込ませたガーゼを埋め込んでいくのは激痛である。10分ほどの苦痛タイム。終了後、鎮痛剤をお願いする。
09:10 リハビリに若い男女4人が来て、4点支持の歩行器で歩かせようとする。脚の骨折部分の痛みが酷い。片脚で1分立つだけで痛みのあまりめまいを起こす。もはや拷問である。明日は走ろう、と軽口を叩いていた若造がいたが、笑えないのだよ。
11:15 昼食。パッシーユーセンヤイ、もち米とタロイモのココナッツシロップがけ。豚肉とキャベツ、ヤングコーンを幅広の米麺、センヤイと炒めたしょうゆ味の麺料理。デザートは美味しかったが、おそらく95%がSugarというシロモノ。完食。

斜向かい5番のベッドのお見舞客から紙パックの冷たい豆乳を頂いた。ありがとうございます。
15:00 消費期限の近いソーセージパンを食べる。「ヤマザキ」のパンである。
16:00 定時計測。夕食。白米、豚ひき肉団子と大根のスープ、ムースのような蒸し物、パイナップル。初めて食べるムースのような蒸し物。タイの香草が効いていて風味が良く、ほどほどに滑らかな口当たりで美味い。辛さはほのかにあるのみで、上に乗っている唐辛子をかじって調整する。パイナップルは美味しかった。おやつのソーセージパンのお陰で20%ほど残してしまった。
17:15 点滴。
18:00 いつものように国歌が流れる。一応敬意を表して動きを止めるようにしている。また熱っぽい。体温が上がっているように思う。支給品の厚手のタオルケットにくるまる。
18:30 眠っていた。尿道カテーテルの洗浄。
20:30 小腹がすいたのでバナナを頂く。ちょうど食べ頃で美味しかった。イタリアの友人から寄付の申し出があった。9月に滞在した際にお世話になったので固辞したが、送ってくださるという。本当にありがたい。
Day 39
11月12日(火)
01:15 目が覚める。脚が痛む。鎮痛剤をもらうかどうか悩むが、もらっておこう。
02:20 眠れないのでブログの更新。鎮痛剤がやっと効いてきた。
03:30 空腹なので消費期限の近いアンパンを食べる。甘い。
05:05 起床。朝のルーティン。05:30終了。髭はそらなかった。
06:00 点滴。
06:25 痛みの確認。鎮痛剤をもらう。
07:05 朝食。魚のおかゆ(カオトム・プラー)。いつものお味。
09:00 眠っていた。複数ナースによる患者の状態確認。婦長さんが、尿道カテーテルを外します、と。やれやれ。
09:30 若者4人が来て歩行訓練。脚の痛みは動かし方を工夫すれば何とかなりそうだ。しかし、立ちくらみで中止。10 steps! はい、ありがとう。
09:45 患部の処置。こちらは昨日よりは痛みが軽くなった印象。今朝の鎮痛剤が効いているせいか。それでもスネの穴の跡は激痛である。
10:30 点滴。
11:10 昼食。白米、豚肉と長インゲンのガパオ、豚ひき肉団子と冬瓜のスープ、スイカ。このガパオは歴代1位の辛さ。唐辛子自体は見当たらないが、結構な量の種が入っている。これがタイのスタンダードだ。ご飯が足りず4分の1ほど残ってしまった。スープはいつもの味。スイカは割と甘かった。ベッドに横になってほどなく、食後の薬。
14:05 チーフナースが言っていたとおり、尿道カテーテルを外す。思った以上に膀胱内にチューブが入っていて驚く。また、尿瓶生活。
16:00 定時計測。午後、ずっと熱っぽい。体温計を見せてもらうのを忘れてしまった。感覚では38.0℃位はありそうだ。16:05 夕食。白米、豚肉・アスパラ・人参の炒め、豚ひき肉団子・白菜・キクラゲ・豆腐のスープ、スイカ。アスパラ炒めは辛くない。かなり細めのアスパラだが、筋のある部分もあった。スープの味付けはいつものもの。熱っぽいのでご飯とおかずを少し残した。頭痛もする。
17:10 経口薬。熱っぽいと言っても、眼鏡饅頭は取り合わない。最低。
21:00 小腹がすいたのでビスケット。
22:40 点滴。今日の夜勤はおデブちゃんと眼鏡饅頭。眼鏡饅頭は左手内側にポートを作る。成功。薬剤もストレスなく落ちているし痛みもない。
Day 40
11月13日(水)
03:00 目が覚める。日本の著名な備長炭、黒炭産地の取材を依頼される夢を見た。
04:45 目覚める。夢の続編を見た。無事、仕事は完成させた。05:00 起床。朝のルーティン。髭はそらず。
06:00 点滴。
07:15 白粥、魚のフライ、牛バラ軟骨の煮込。おそらく牛だと思う。しょう油ベースで辛味はなし。香草と大根を一緒に煮込んであり、美味だが塩味が強い。香草は残してしまった。しょっぱい。

07:45 経口薬3種類
09:00 患部の処置。激痛。もうこんな原始的な処置はたくさんだ。これは治療ではない、拷問である。しかも眼鏡饅頭。
09:30 歩行訓練。今日は3人。事前にベッドに座って頭を高くしていたので、めまいはなかった。しかし、処置後で痛みが残る状態で宙吊りにするので血液が降りてきて痛みが増す。これが辛い。昨日よりは歩けた。
10:05 点滴。10:30 さらにもう一本。
11:05 昼食。白米、白身魚のトムヤムスープ、豚肉・パイナップル・玉ねぎ・パプリカの炒め、緑豆のシロップがけ。スープの辛さは控えめ。炒め物は、豚肉を揚げずに酢を抜いた酢豚といった感じ。これは前にも食べて美味しかった。緑豆は台湾のかき氷に入っていたのと同じもの。甘さ控えめで美味しいが量が多すぎ。少し残してしまった。

14:30 炭仲間からメッセージ。寄付の申し出とちょっとした相談ごと。ありがとうございます。
16:05 定時計測。
16:15 夕食。白米、ナムプリック、蒸しナスと魚のフライ、煮卵、パパイヤ。ナムプリックはそれほど辛くない。ナスに付けて食べるとうまい。煮卵は八角を使ったもの。さすがに、イタリアンが食べたくなる。

17:00 点滴。眼鏡饅頭、最初の生理食塩水、もっとゆっくり注入せんかい、痛いだろう!
18:25 Saの見舞い。家での患部の処置をどうするか、話し合う。タクシーでクリニックへ出かけるか、ナースに来てもらって処置してもらうか。明日、処置の際に写真を撮るよう言われる。処置の難しさの程度を知る必要があり、それによって料金が変わるのだという。金属棒の穴にカーゼを突っ込むところなど写真に撮れるだろうか。
スナックやティッシュなど、もう使わないだろうものを持ち帰ってもらった。また、1階で過ごせるように模様替えもしてもらった。心から感謝である。
22:40 点滴。
Day 41
11月14日(木)
02:05 目覚める。夢を見た。なぜかロシアか東欧にいるのだった。知人が今、COP29でアゼルバイジャンのバクーにいるという書き込みを見てからか。
04:45 目が覚める。そのまま05:10起床。朝のルーティンをこなし05:35終了。
06:00 点滴。06:20 定時計測。07:30 経口薬3種。
07:05 朝食。豚ひき肉のおかゆ。感想はない。
08:10 枕カバー、シーツ交換。
08:40 ナースたちによる患者の状態確認。09:00 患部の処置。今日は脚の穴にガーゼを詰めるのではなく、薬剤を針のないシリンジに入れて穴に注入するというもの。痛くない、痛くないぞ。もっと早くこの方法を導入してくれたらよかったのに。明日の退院時間を尋ねると、13時〜15時の間、とのこと。

09:55 点滴。11:00 点滴。これが最後の点滴、と眼鏡饅頭。
11:30 昼食の時間だが、私の分だけない。しばらく待っていたら、配膳のおばちゃんが来て、アレルギーはない? チキンは食べられる? と確認の上、食事をくれた。クイッティアオ・バミー、かぼちゃのココナッツシロップがけ。汁なしかと思ったら汁ありのクイッティアオで、シーラチャーソースのようなものが掛かっている。屋台と同じように、唐辛子、砂糖、唐辛子の酢漬けといった定番の調味料が付属している。すっかり冷めていたが、麺は久し振りなので、有り難く頂いた。かぼちゃのデザートはイマイチかな。
21日に会いに来てくれる高校時代からの友人とチャット。ホッとする。他にも東京の妹分、ミャンマー人の友人から安否のメッセージをもらう。明日の退院の旨伝える。ありがたい。
16:00 定時計測。
16:10 夕食。白米、豚ひき肉とキュウリの炒め、豚ひき肉団子と苦瓜のスープ、スイカ。なんと、キュウリ、苦瓜、スイカの瓜三連発。炒めもスープも薄味で優秀な病人食。完食。
19:05 Saの見舞い。夜食の肉まんと冷たいThai teaを買ってきてもらった。昔、ハリソン・フォード主演の映画で未開地を開拓していき氷の生産に成功した時に「Ice is civilization」というセリフがあった。氷は文明である。ありがたい。明日の退院の段取り、自宅での患部の処置、入院費の支払いについて話し合う。通帳も記帳してもらった。イタリアの友人からの寄付が振り込まれていた。感謝。そしてユーロの強さよ。
Xで兵庫県知事選挙の情報をみる。この選挙は自由民主主義の存亡がかかった戦いである。
バンコクで入院したはなし 1
はじめまして。あるいはご無沙汰しております。
2023年4月からタイ王国、バンコクへ移り住みました。1年半、順調に過ごしてきたのですが、大きな怪我をしてバンコクの病院に入院することになってしまいました。ちょうど他の国から帰国したばかりで、医療保険を検討していた矢先だったので、無保険でした。
ご存知のように、タイ王国は医療が発達していますが、外国人がその医療を受けるためには高額な費用が必要です。決して裕福とはいえない中で、何とか治療を受けて、回復していくようすをお伝えできればと思います。
(1タイバーツ=4.5円換算)
Day 1 Accident
10月5日(土)
14:00頃 バンコク市内の賃貸先の家の2階から階段を踏み外して転倒、1階まで転落し左脚を損傷し、強い痛みで動けず。頭部も打っており、出血。
1階に残っていたタブレットで、Briramで働いている家主であり長年の友人であるSa(ニックネーム)に連絡を取る。
近所のTさん、Gさんの奥さんらが駆けつけて扉を開けて入ってきて救急車で近くのA病院へ搬送、応急措置を受ける。脚をいろんな角度に向けるレントゲン撮影が地獄の痛みであった。Saは午前1時頃に、Briramから駆けつけてくれた。
A病院は、眼科や耳鼻科を訪れたことのある病院で、いわゆるGovernment Hospitalで、料金が安い。
Day 2 手術
10月6日(日)
午後は手術の予定が詰まっていて、A病院ではオペが受けられないとのこと。一旦帰宅したSaは、オペだけ受けることができる病院を探してくれた。結局、当病院で、当医院と他の病院を掛け持ちしている医師を紹介してもらい、午前10時頃、救急車で比較的近いB病院へ移送されることになった。移送前に整体処置室へ行き足を固定、これも地獄の痛さであった。
骨を真っ直ぐにして固定。激痛。
チャーターした救急車でB病院へ。チャーター代は1000バーツ。レントゲン写真などのデータはDVDで共有される。
ここはいわゆるPrivate Hospitalで民間経営である。ホテルのような病室に案内され、医師による治療方針と手術の内容について説明を受ける。その後は眠ってしまった。19時に準備室へ行き着替、洗浄(身体の拭き清め)、しばらく待って手術室へ。点滴で眠りに落ちる前に、麻酔医から腰椎麻酔をかけるよう説明を受ける。

手術終了直前に目覚め、後頭部の損傷について説明を受け、治療してもらう。数針縫ったようだ。
術式終了で部屋に戻る。脚はアンドロイドのようになっていた。

その日生まれて初めて紙パンツを履き、便意もあったためそのままする。尿だけであったが不快だったのですぐに病室担当者に処理をしていただいた。
Day 3 転院
10月7日(月)
痛みで目が覚め眠れない。明け方尿意があり、初めて尿道カテーテルを経験する。処置は病室担当の女性一人で、痛みはなく時々下腹部を押してくれる。1リットル、と報告を受ける。ありがとう。
退院時間の11時の1時間前に院長が挨拶に来てくれた。日本人の友人もいるとのこと。30分ほど話をし、LINEを交換し、写真も撮った。
会計の段になって青ざめた。私の口座の1日の引き出し制限が5万バーツのため、現金が足りないのだ。Saは友人にあたってかき集めてくれ、さらに私に、先ほど会ったばかりの院長にディスカウントを頼むので連絡しろという。最初に執刀医の提示した手術代よりも高かったのだそうだ。
結局、12時半頃に会計が終わり、B病院自前の救急車でA病院へ搬送されたのであった。
院長には1万バーツのディスカウントを提示していただき、無事移送終了の連絡を入れておいた。
入院手続きのあと、10人部屋の病室へ。その後Saは近くのショッピングモールへ買い出しへ。午後4時に夕食が出て、面会時間の18時に紙おむつやら何やら買ってやって来た。しばしこれからの方針を議論して、Saは自宅へ帰った。何もかも感謝しかない。長い一日だった。
ベッドでしばし寝るが血圧の計測などで眠りが浅い。が、小便は2度、尿瓶に行った。点滴時には尿排出が必要とのことだ。
Day 4
10月8日(火)
5時15分に明かりがつく。入浴あるいは寝たきりの人は洗浄。わたしは後者。屈強なお兄さんに背中と下半身をドライソープで拭いてもらい、紙おむつの交換をしてもらう。ぼそっと「small」と。放っておけ。尿瓶の回収も。足を動かしたので膝の出血が増した。出血分はパイプを通って300cc程度のタンクに集められる。
6時になると検温、血圧測定、食前の投薬、点滴。ごみの収集と床掃除。脚からの血液の量も計測される。
7時朝食。白身魚のカオトム。斜向かいのおじいさんも同じメニューのようで、トイレに行けない人用のメニューのようだ。
隣のおじさんは、ナムプリックを持ち込んでタップリと。向かいのおじさんは食事制限の札が下がっている。後に手術予定者であることを知る。
7時半、食事の片付けと食後の薬。研修中の実習生が片付けてくれた。
昨日売りに出していたオーストラリアドルが約定していた。これが最後の資産。
7:45 水の支給。500mlが3本とステンレスのカップ。水分を補給しろということだろう。
08:00 国歌が流れたあと、ベッド周りとテーブル、キャビネットの拭き掃除。
医師の診察を受ける人は次々と移動用のベッドが迎えに来て病室を出ていく。
8:50 彼らが病室のベッドがに戻ってきて一眠りして目が覚めたら、15人ほどの実習生に囲まれていた。痛みの程度を聞かれ2/10と答える。先生らしい方が、今日処置か所をきれいにしてくれるという。
9時頃に生徒一人と現職の看護師で包帯を外し、四カ所の骨を固定しているボルトの周りのガーゼを替えてくれる。「No pain, don't be afraid」と声をかける。別の子も点滴をセットしてくれて10時。検温と血圧、SpO2の定時計測。
11時、ランチ。パッタイと各種豆のシロップ漬。学生が運んできてくれた。お腹いっぱい。学生が食後、「好きな食べ物は何ですか」と尋ねるので、「ゲーンキョワーンとムーガタ」と答える。
12時 面会時間。Saが弁当やスナックを買ってくる。タイ語の参考書、バッテリーチャージャーも。助かる。今後の資金状態について情報を共有する。
14時、検温と血圧、SpO2の定時計測、点滴と薬剤注入。Saの買ってきた弁当のサラダと揚げ餃子を食べる。
その後も手術から帰ってきた患者さんを学生がケアしたりでバタバタしており、放尿の機会を得ず。
16:00 検温と血圧、SpO2の定時計測、体温が37℃と見せてくれる。Hi というと、天井を指す。確かに今日は気温が高い。
その後夕食。白米と万願寺唐辛子のようなものの甘い煮付けとトムヤムクン、ドラゴンフルーツ2ピース。満腹。
食後、放尿と便通の回数を聞かれる。前者2回、後者0回。尿は尿瓶にできるが、便の紙おむつへの排泄は抵抗が強い。
17:00 看護師と思われるムスリムの女性が「コンニチハ」と日本語で話しかけてきた。一般的な話で、日本人が入院してきたのが珍しいらしく、彼女の友人も興味を持っているとのこと。
明日手術と思われる入院患者が2番のベッドに来るようだ。わたしのベッドは8番。左斜め前になる。
18:30 排尿。入院患者同士で話が弾んでいるが仲間に入れない。日本、広島という言葉も聴き取れるが、知らないフリをしておく。
これからの金策を考えなければならない。昨日売ったオーストラリアドルはWiseでバンコクバンクへ送金しておいた。明日届くはず。
19:15 先程入院してきた2番のベッドの人が手術室へ向かったようだ。手術を受けるのは難しいのではなかったのか。よくわからない。
20:40 目覚める。寝ている間に回収してくれたようで空の尿瓶に放尿する。
21:20 点滴と薬剤注入。
22:30 消灯。点滴追加。Saが買ってきてくれた弁当の残りの海苔巻きとサバを食べる。ワサビがガッチリ効いていて涙が出る。鯖はジューシーであった。
23:00 最後の点滴。わたしはまた、歩けるようになるのだろうか。
Day 5
10月9日(水)
01:40 定期測定。
04:40 目が覚め、尿瓶に放尿。昨日から、10年前に手術をした左肘の肘部管症候群による中指と小指の痺れが再発した。転んだ際に打ち付けた一時的なものであればよいが。
05:17 点灯。洗浄用の桶はもう用意してある。昨日手術を受けた男性のうちの2人は、奥さんがずっと付き添っていた。ベッドを起こしてもらい、顔を洗い髪を洗う。上半身を拭いたところで介助の女性が来て背中を拭いてくれ、そのまま桶を持っていってしまったので、下半身を拭けなかった。
06:00 点滴。挿入口に痛みがあるので作り直し。手慣れている。定時測定と排泄回数の確認。床掃除は掃き掃除と拭き掃除と水拭きの3回行う。タイ人は綺麗好きだ。夜が明けてきた。
07:05 朝食。お粥と白身魚の煮付け、きゅうりと豚ひき肉の煮込み。病院食でもさすがはタイ料理。完食する。

07:40 学生が来たのでベッドを平らにし、次回は後頭部の処置もお願いしたいと伝えた。程なく執刀医が来て、足の指と足首を動かすのは良いリハビリになること、二度目の手術は来週以降になる予定であることを伝えてくれた。
08:00 ベッドの拭き掃除。
08:30 実習生たちの報告会のようなものが始まった。患者のベッドに先生含め15人ほど集まり、担当した学生が経過や処置について報告しているようだが、先生はなかなか手厳しいようだ。
私の番が来た。もう一人、偉そうな看護師さんが来て、調子はどうか、と尋ねたので、それほど悪くはないけれど、今朝身体を拭いた時に出血しまして、と言ったら、脚は真っ直ぐを保つようにね、と言われた。言う通りにしたら、また出血している。
日本の友人に事情を伝える。このままでは治療費が持たないので、寄付を募りたい旨、相談する。
09:10 リハビリを始める2人にサポートがつく。右隣のおじさんは患部の取り換え。
09:20 私も患部の取り替え。ベテランの看護師さんがテキパキ進めていく。惚れ惚れする手際の良さで驚く。右後頭部は抜糸をしてくれたようだ。その間も定期計測。医療はデータ計測が重要とつくづく思う。09:45終了。
10:14 掃き掃除のおじさんが来て処置後の床を掃く。
10:15 点滴。実習生もだいぶ手慣れてきた。と思ったらセンサーアラームがなって正規看護師が飛んできた。
11:00 昼食。白米とラープ・ムー、白菜・人参・鶏肉団子のスープ、ドラゴンフルーツ3ピース。ラープ・ムーは、これは何、ラープ・ムー?と実習生に聞いたら当たりだった。割と辛く、美味かった。

ミャンマーの親友から連絡があった。仕方がないので事情を話す。
12:00 Saと、以前お世話になったタイ古式マッサージのお姉さんが見舞いに来てくれた。グアバの差し入れ。好きな果物。
13:00 実習生のいない間に尿瓶へ放尿。
13:30 実習生による定期計測と点滴。日に日に成長を感じる。みな真剣に真摯に取り組む姿が尊くさえある。
14:00 実習生による点滴終了、薬剤注入。
15:40 担当の実習生2人と話をする。日本のこと、看護師学校のこと。4年制で、今は2年生で、実習から帰っても宿題がたくさんあるそうだ。先生もやはり厳しく、いつも目を光らせていると笑っていた。わたしの正式な診断は、
open fracture left distal femur、大腿骨開放骨折、とのことであった。また、昨日突然日本語で訪ねてきた女性は、彼女の友人と判明した。
16:00 夕食。と同時に定期計測。白米とゲーンソーン、イワシの煮付、サパロット(パイナップル)。イワシが骨まで柔らかく、懐かしい味がした。完食。

食後、Hatenaブログのアカウントを思い出そうとしたが思い出せず、新規作成。体験の一部をブログでご報告しようかと考える。
19:30 ミャンマー人の友人と話す。少しホッとする。昨日入院して手術を受けた方が退院していった。
20:00 見舞客がいなくなって排尿。偶然だがすぐに回収に来てくれる。
20:20 部屋消灯(廊下は着いている)
20:40 左隣のベッドにセブンイレブンのセブンデリバリーが届く。こういうところはタイだなぁ、と思う。
21:15 点滴。
23:20 排尿。ビデオ通話をしているやつがいてうるさい。昨日まではいなかったのにな。
Day 6
10月10日(木)
0:50 朝の洗浄用の水桶が配られる。
1:10 1番ベッドのおじいさんが3度目の脱走を図る。昨夜は家族がたくさん見舞いに来ていたので、里心がついたのだろうか。ついにベッドごとナースステーションに連れて行かれてしまった。それでも看護師さんたちは叱ったり怒鳴ったりせず、しょうがないわねぇといった感じで対応している。これもタイ流なのだろう。滅多なことでは動じない肝の座り方が素晴らしい。
05:10 起床。昨日配られた厚いビニール袋をかぶせたゴミ箱は歯磨き後の排水を入れるものと知った。久々に歯を磨いた。それまではガムを噛でいた。タオルは手元に置いておいたので、顔を洗い、髪を洗い、ドライソープで体を拭く。それを約2リットルの水で済ませる。今日は髭も剃る。
シーツは2日に1回取り替える。身体を持ち上げるため苦痛を伴うが、筋トレにはなる。
すべて完了して6時前。良い運動。1番ベッドのおじいさんが一晩中騒いでいたので寝不足である。夜が明けたらおじいさんはいなくなっていましたとさ。
06:05 点滴。
06:20 定期計測。排尿、排便回数確認。
07:00 朝食。魚半身とおかゆ。それでも美味い。

07:40 実習生が来る。昨夜眠れたかというのでおじいさんの話をしたら笑っていた。痛みの程度などの確認。
08:00 国歌が流れる。終わったタイミングで、薬剤担当の方が錠剤をくれる。Etoricoxib。鎮痛・抗炎症剤。もう点滴は卒業か。続いて、今朝、シーツを替えたのに、また交換。何があったのだろう。
08:15 ベッド周りの拭き掃除。
08:25 排尿
08:30 実習生による先生への患者報告。私の担当の子は先生からの指摘もなく、無事乗り切ったようだ。よかったね。
09:05 患部の処置。今日は実習生だけで行う。足に突き刺さっている金属の棒の周りは、2本のピンセットを使って巻いていくのだが、明らかに扱いが向上している。きっと練習したのだろう。脚4カ所の金属周りと膝の水のドレインパイプ、顔の縫合跡、後頭部の縫合後の処置を約30分で完了。Good jobです。
Saによると8、9、10日の3日間の入院費は、10,381THB≒46,282円とのことだった。この病院では、3日ごとに精算することになっている。次の手術まではボルトが埋まっているので動けず、手術の日程まで、あるいはその後1、2週間は、この入院費用が発生することになる。問題は、その期間がどれだけ続くのかが明確ではないことだ。
10:20 点滴。新しい実習生のコンビ。先生はさすがに手際がいい。
11:10 昼食。背もたれに頼らずベッドに座って食す。ちょっと辛いが慣れるだろう。白米と、キャベツと豚肉のゲーン、卵豆腐、サツマイモのシロップ煮。ゲーンはほのかにココナッツミルクの香りがする。

食後、横になろうとすると、ダメだという。しばらく他の実習生と雑談する。
横になって、いつもの実習生に、トイレには行ける? と尋ねると、No, あなたが動かせるのは左足首を上下するリハビリだけよとあしらわれてしまう。絶望。
12:15 Saが見舞いに来る。これまでの支出をまとめるべく、会計書類を持ってきてもらった。とにかくこれまでどれくらい費用がかかり、これからどれくらいかかりそうなのかを把握する必要がある。
13:30 実習生による点滴。
13:50 実習生による定期計測。
14:07 薬剤注入。
15:20 ベッドNo.5番、7番が退院していった。5番はスネではあるが、私と同じ金属の棒が刺さったまま。7番は膝のバンデージをグルグルに巻いたまま。いずれも家庭でのサポートがあるのだろう。実習生も少し寂しそうだ。これで、私の向いの3番のくまさん、右斜の4番の牢名主、8番の私、隣の9番のおじさん、10番のおやっさんの5人となった。
16:00 夕食と定期計測。メニューは白米、魚のフライと野菜の辛炒め、肉団子と冬瓜のスープ、パパイヤ。食事前に差し入れのグアバを食べたので、ご飯を少し残してしまった。

ふと、左を見ると、6番に若い小太りのメガネくんがいる。実習生の子が、バイバイ、また明日、と挨拶に来てくれた。また明日。
16:35 10番のおやっさんがおまるを借りたので、17時頃、私も勇気を出して借りて用をたした。5日ぶりの排便である。スッキリした。タイのおまるは金属製で造形度が高い。使う前に写真を撮っておけばよかった。
18:35 左隣の7番に新入居者。Youtubeをイヤフォンで聴きながら眠ってしまった。昨夜から寝不足だったためだろう。
21:00 薬剤注入と点滴で目覚める。やはりなくならない。排尿。排便できたので体調が良い。隣の付き添いの女がうるさい。静かにしろ。
22:35 排尿。選挙に行けないのが残念だ。
Day 7
10月11日(金)
01:20 朝の水桶が配られる。
02:10 隣の付き添い、いい加減にしろ。
04:10 便意でナースコール、おまるを持ってきてもらう。今回は使用前に写真を撮っておく。深さがないので、腰を浮かせる必要があるところが難しいが、上手にできた。

05:12 起床。歯を磨き、桶の水で顔を洗い、髪を洗い、身体を拭く(順番大事)。着衣と薄い上掛けは毎日、シーツは1日ごとに交換。概ね10分で完了。
05:55 薬剤注入、点滴。
06:55 朝食、魚のおかゆ。配膳のおばさんが「カオトム・プラー」と教えてくれる。
日本では「食べてすぐ横になると牛になる」と言われるが、タイも同じ考えがあるようで、みな食後は5分程度、座ったままスマホをいじったりしてから横になる。ご飯ものにはSaが買ってきてくれた小魚を揚げたものをひとつかみ入れるようにしている。カルシウム補給。
07:38 経口投薬。
08:00 メガネの実習生が挨拶に来て、今日が私の最終日です、と教えてくれた。Ozawaのベートーベン7番をイヤフォンで聴く。泣きそうになる。
08:30 実習生らが来る。最終日とあって先生ら併せて20人ほどがやってくる。例の実習生は先生にうまくプレゼンできていたようだ。お疲れさま。
これまでの支出をまとめようとしているのだが、やはりスマホのスプレッドシートではストレスが溜まる。Saにタブレットを持ってきてもらおう。
08:55 実習生が傷口の処置に来た。脚に刺さった金属棒4本の周りの消毒とガーゼの巻き直し、膝の水を抜くパイプ周りの消毒、後頭部の傷の再処置で35分ほど。一生懸命にやってくれました。ありがとう。
11:10 昼食。豚バラのクワイジャップと、豆とクワイ?のデザート。

ハッカクの効いたクワイジャップは豚バラがしっかりしていて薄味ながら美味であった。揚げ豆腐のようなのは、買って料理してみたい。タイではゆで卵は骨折に良いそうだ。ちょっと足りなかったので、タイのミカン、ソムを1つ食べた。満足。
知人が発表した地球温暖化に関する調査レポートを読みながら居眠り、目覚めたところで午後の点滴(13:15)、痛みの程度のヒアリング。これは痛みを1から10で患者自身が表現するもので、結構頻繁に行われ、食後の経口薬配布の時も必ず聞かれ、痛みがあれば経口鎮痛剤、あるいは点滴で対応してくれる。
スマホの自撮りで顔の傷を確認してみる。4針縫ってあり、結構目立つ。ハーロックほどではないけれど。

14:30 知人のレポートの続きを読むと、実習生が来て手を低いところに置かないと点滴が入りません、と。右手だけでスマホを読むも入っていかない。痛みを感じるので血管が破損しているようなので、作り替えるという。え、誰がやるの、と聞いたら私たち3人、怖い? と言われてみなで笑う。実習生3人がチームになって右手の甲に挑戦するも見事に失敗。先生が来て血管挿入、その後は実習生で行った。リーダー格の子が、ごめんね、と。失敗して上手になるんだから気にしないでね。
15:15 私の看護をメインで担当した実習生が最後に挨拶に来た。手を振りながら「Get well soon」。ありがとう。
16:00 定期計測は主任さん。夕食は白米、豚ひきとインゲンのピリ辛炒め、菜っ葉・白菜・豚肉のゲーン、バナナのシロップ煮。美味かった、完食。

周りを見ると、6番のメガネくん、10番のおやっさんがいない。3、4、7、8、9番だけになってしまった。
17:00 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞受賞のニュースが流れてきた。おめでとうございます。
20:15 排尿したいが、夕食以降、尿の回収がない。ナースコールで捨ててきてもらう。スペアのボトルも持ってきてもらい、これで安心。
21:10 点滴、薬剤注入。
Day 8
10月12日(土)
02:30 目覚める。夢を見た。車椅子に乗って宝探しをする夢。
自業自得ではあるけれど、結構ひどい目にあっていても、日本を恋しくはなっていないことに、自分で驚いている。しかし、病室で蚊に刺されるのは勘弁して欲しい。
眠れず、Xの政治関係のポストを読む。せっかく在外選挙人証があるのに、入院していては投票へ行けない。Xで呼び掛けたら郵送で出来るそうなのでトライしてみる。
05:10 いつの間にか眠っていて起こされる。歯を磨き顔を洗い身体を拭いて着替える。鏡を見ていないので分からないが、あちこちに擦過傷や打撲があるようだ。点滴の後、引き続きXのポストを読む。
06:55 朝食。カオトムガイ。鶏そぼろのおかゆ。美味しい。骨の回復を願い揚げた小魚をひとつまみ。

07:35 実習生からfacebookに友達申請が来ていてびっくり。お世話になったので了承する。
大も小もベッド上で用が足せるようになったので紙パンツは不要になった。が、今の状態では下着がはけない。褌がよいのだが、バンコクで手に入らないものか。
08:30 患部の処置。やはりベテランさんは仕事が早い。でも顔の縫合跡と後頭部はスキップ。
09:40 小腹が空いてソム(小さいオレンジ)を1つ食べる。甘く美味しい。これはみかんの和歌山むきと同じように、まず半分に割るとむきやすい。
10:30 ウトウトしていると点滴の時間。ミャンマー人の友人から連絡が来る。明日、バンコクに住む彼の友人が見舞いに来てくれるという。ありがたいことです。
11:05 昼食。白米、豚肉ナスのピリ辛炒め、白菜と肉団子のスープ、ラムヤイ。ナスはタイの丸いヤツ。歯ごたえが残っていて美味かった。久々のラムヤイ(龍眼)が嬉しかった。
12:15 Saが見舞いに来る。看護師さんへの心付けのお菓子や、魚を揚げたスナックなど仕事用にタブレットも持ってきてもらった。生のココナッツジュースが美味かった。
向いの3番のくまさんが退院して、2番に若者が入ってきた。
13:00 点滴、薬剤注入。痛みが強い。左腕にポートを作ってもらうようお願いした。また、縫合した顔の傷の抜糸を明日行うとのこと。排尿。
16:00 夕食。白米、ゆで野菜とゆで卵、ニガウリと鶏ひき団子のスープ、ナムプリック、スイカ。シンプルでよし。ナムプリックはゆで野菜につけて食べるが、あまり辛くなかった。タイ人には物足りなかっただろう。

16:30 怪我をする前に通販のLazadaで注文しておいた洗濯機が届いたようだが、全く違うものが届いたので返品処理。大きな買い物は店舗へ行って買わないといかんな。
18:44 午後ずっと留守にしていた2番の若者が帰ってきた。手術が終わったようだ。
19:05 ミャンマー人の親友の友達2人がお見舞いに来てくれた。ツバメの巣のドリンクやらシャインマスカットやらイチゴやらスナックやら、大きな袋にたくさん...。少し話したが、ぼくらはメッセンジャーだから、といってすぐに帰ってしまった。さっそくミャンマー人の友人にお礼を伝える。「たくさん食べて早く元気になって下さい」と励ましてもらう。本当にありがとう。
20:00 消灯(廊下はまだ)。スマホのアップデートが来た。当分wifiには接続できないので、アップデートしておく。日本の妹分から送ってもらったスターリングエンジンの本を読了。面白かった。結構軽量化ができるもので、炭窯にも応用できそう。
23:30 向いの3番に若者が入る。小腹が空いて今日のお見舞い品のBrown Cheese Waffleを頂く。美味い。調べたら一箱490バーツ(約2000円)もする高級品であった。トマトとパッションフルーツのジュースのパックジュースとともに(これも美味い。ドカムブランド)。
Day 9
10月13日(日)
03:00 目覚める。排尿。
05:15 起床。わずかな水で全身をきれいにする。骨折はしていないにしても、腰も打ったようで、ベッドに座る際に痛みがあり、結構つらい。05:40完了、横になる。
タイ人は概ね、朝起きるとまずシャワーを浴びるので、こういうルーティンになっているのだろう。
06:05 点滴。夜が明けてきた。またベッドの上の1日が始まる。
07:05 朝食。おかゆ、白身魚のフライ、キャベツと豚肉ひき肉の炒め。あっさりで旨い。食後に差し入れのソムオー(ポメロ)を頂く。
07:40 便意をもよおしおまるを持ってきてもらう思う。いつもながら惚れ惚れする造形美である。
08:45 処置場所の交換。左脚の処置と、左頬上の抜糸。箔が付いた。
09:00 アンドロイドタブレットで仕事らしきことをする。Xiaomi のRedmi Pad Proという機種で、12.1インチスクリーン、キャンペーンでキーボード付きで購入したのだが、結構使える。日本でFujitsuのBTOで購入したWindowsのラップトップは軽いのだがバッテリーが3時間しか持たない。もう、これで十分という感じ。
09:30 点滴、薬剤注入。
11:00 昼食。白米、豚肉とヤングコーンの炒め、トムヤムクン、チャオクワイ(仙草ゼリー)。豚肉は大きなポーションが3切れ入っていて甘辛く、ほのかにハッカクの香り。トムヤムクンはイカ、エビとも柔らかい。火の通し方なのだろうか、驚く。チャオクワイは量がたっぷりで残しそうだったけれど、気合いで完食。美味しかった。

16:05 夕食。白米、豚肉のガパオ、鶏ひき団子と冬瓜のスープ、モンキーバナナ2本。ガパオはしっかり辛い。今まで出てきた食事で最も辛かった。それでも美味かった。

16:25 Saから洗濯機の返品の引き取りが完了した旨、連絡が来る。いい加減なものを送って返品されるよいうことは色々なエネルギーの無駄遣いでしかないのに、なぜこんなことをするのか理解できない。
18:15 Saが来る。昨日のミャンマー人の親友からのお見舞いのシャインマスカット、イチゴ、オレンジ、菓子などを分け、半分程度シェアする。お世話になったご近所さんと食べるよう伝える。
21:15 点滴。退院した1番のおじいちゃんが出戻って1番のベッドにいる。3連休なので一時帰宅だったのだろうか。
22:00 消灯。
Day 10
10月14日(月)
03:00 目が覚める。排尿。今日は奇しくも日本と同様祝日。昨夜の見舞い客が多かったのはそのためだったか。
05:20 起床。歯磨きの汚水用ごみ箱が床に置かれたままで使えない。すべて洗った後の桶に流す。こういう時、言葉ができれば声をかけることができるのに、と想う。一番つらいのは骨折した左足を、再びクッションの上に乗せること。左足は自分の力で持ち上げることができないので、右足と左手を使って少しずつ動かしていかなければならない。これに約2分を要する。05:40完了。
06:00 ナースがシリンジを持ってきたので何かと思ったら採血であった。続いて屈強な看護師が来て点滴。夜に間食しなかったので空腹だ。
06:55 朝食。豚バラを骨ごとぶった切って煮込んだおかゆ。中華粥も美味いが、これも相当美味い。感じるのは塩味と豚の出汁のみ。自分でも作ってみたい。

08:10 シーツと枕カバー、脚のクッションカバーの交換。土、日と交換がなく、今日も祝日なのでどうかと思っていたが、替えてくれた。向いの3番の若者のベッドに食事制限の札、今日、手術なのだろう。
10:00 点滴。
11:00 昼食。 幅広米麺(センヤイ)のパッタイ。カナー(青菜)とカリフラワー5、ヤングコーンが入っていて美味い。豚肉もたっぷり。炭水化物が足りない感じは黒餅米の団子とタロイモのココナッツシロップがけのデザートで補っている。これがタイの食事の組み立て方なのかと思った次第。

13:30 向いの3番の若者が手術から帰ってきた。お疲れさまでした。
15:05 お通じ。紙は分けろとおばさんに言われた。そうします。
16:05 夕食。白米、鶏団子と白菜のスープ、そしてパテのような何か。食べてみるとレモングラスの効いたタイの味で、ほのかに辛さを感じる。酒のつまみにいいかも知れない。
16時頃から西陽が窓から差し込み室内の温度が上がり出す。エアコンがなく天井の扇風機だけの一番安い病室なので仕方がない。
夕食のパテのようなものは、ホーモックという料理だそう。南部の名物料理らしい。
18:00 面会時間。3連休最終日とあって、たくさんの見舞い客。
19:30頃に眠ってしまい、21:30に目覚める。メールの返事やあれこれ調べ物をしているうちに点滴。1日に何本も点滴を受ける。基本水溶液なので、その分は尿として排出される。
Day 11
10月15日(火)
02:40 近くでビデオチャットしている声で目覚める。10人部屋と言っても、日本のように病室が区切られているわけではなく、壁がなく天井が続いているので、隣の10人区画の声が筒抜けなのである。
03:00 今度は出戻りの1番のおじいさんが叫び出した。勘弁して欲しい。
04:50 目が覚める。。もうじき起床時間。まだ眠っていたい。
05:15 起床。歯磨き、ドライソープでの全身洗浄、着替え。05:37完了。手慣れてきた。若い頃、オーストラリアの砂漠を旅していた時は、水が貴重だったので2リットルの水で髪と顔、全身を洗っていたことを想い出す。昨日グルーミングセットの中に櫛を発見したので髪をとかす。髭は明日剃る。それにしても腰が痛い。
06:02 点滴と薬剤注入。定期計測。
07:05 寝不足で眠っていて起こされた。朝食。白身魚のカオトム(おかゆ)。以前出てきたものよりもショウガとセリが効いていて香りが豊か。あっという間に間食。

足のクッションカバーが薄く汗を吸わないので別にタオルを敷く。快適。いつの間にか満室になっていた。
09:05 手術後の処置。膝の水のドレインパイプが抜けた。が、せっかく敷いたタオルに血をつけられてしまい使えなくなった。
09:40 点滴。
この間、TM30の電子申請を試みるも中々うまくいかない。引き続きトライする。GenderはMかFで、ファイル形式はxlsにする必要があるようだ。
10:05 私の点滴交換中に、1番のおじいさんがベッドから降り、交換中のナース含め4人でベッドへ戻す。
膝のパイプを抜いたからか、ずっと点滴。それだけ無理やり水分を体内に入れているので排尿の回数も上がる。頑張れ腎臓。
11:09 昼食。白米、大根と鶏ひき団子のスープ、豚もも肉のガパオ、スイカ。肉類は大体そうなのだけれど、ケチってる感が皆無で、どれもしっかり食べごたえのある大きさ、分量になっている。肉類は日本に比べ価格が安いのもあるだろうが、タイ人は味にうるさい人が多いので、満足できるものを出しているのだろう。完食。
12:35 Saが見舞いに来る。もらった果物を洗ってもらったり、不要になったものを持ち帰ってもらった。そして入院費の支払い。今回は10月11、12、13、14日の4日分で13,900THB≒62,550円であった。仮にこれから20日間入院するとなるとその5倍、約32万円が必要になる。これに手術代が加わる。執刀医が来たら、手術代と術前、術後のスケジュールの見通しについて質問するつもりである。TM30は添付書類の不備であった。ダウンロードしたものにそのまま素直に書き込んで送ればよかった。無事完了。14:28、頂いたシャインマスカットを食べる。タイで売られているものの多くは中国産だが、それでも美味い。
15:20 手術に行っていた4番の牢名主が帰ってきた。少しは静かになるだろうか。
16:03 夕食。白米、鶏ひき団子とキクラゲと白菜・豆腐のスープ、豚ひき肉とショウガの炒め物、パッキン。スイカ。パッキンは辛くはないがショウガの細切りが入っていてスパイシー。具沢山のスープは食べ応えがあった。Saが買ってきてくれた豆と麦と果物のサラダを半分程度食べる。
食後、野球のシミュレーションゲームで遊んでみる。21:30頃まで遊んで、いつの間にか眠ってしまう。
Day 12
10月16日(水)
00:32 目覚める。排尿。いつの間にか点滴がセットされており、程なくアラームが鳴り終了。小腹がすいたので、サラダの残りを食べる。キドニービーンズと麦が入っているので結構お腹にたまる。果物はグアバ、アボカド、リンゴ。野菜はサニーレタスと細切りのニンジン。ベジタリアン用のミールと言った感じ。ほぼ満腹。
05:05 元気のいいおばちゃんの声で起床。いつもの洗浄、今日は髭を剃る。今まで左足は膝のパイプがあったのでビクビクしながら拭いていたが、昨日抜いたのでストレスなく拭ける。05:27完了。05:30にベッド区切りのカーテンが開けられる。左隣の若者は、奥さんか彼女が床に布団を敷いて夜通し付き添ったようだ。タイ人は情に厚い。タイでは男が浮気をして殺人事件にまでなるケースがままあるが、さもありなん、と思う。
イタリアの友人が心配してメッセージをくれた。返事を出す。
06:30 点滴。痛みがあるので、より肘に近い部分に新しいポートを作ってもらう。ヒジャブを付けたムスリムのナース。手際がいい。
07:05 朝食。おかゆと豚の骨付きバラ肉と大根の煮込み、カイチアオ(卵焼き)。豚バラはホロホロで、醤油(シーユーカオ)ベース。玉ねぎと大根と香草が入っていて、日本の肉じゃがのよう。うまかった。

09:00 定期計測。食後、うとうと眠ってしまった。ベッドは2つ空き。婦長さんの見回りにナース2人が患者の状況を説明。「後で傷口の処置をしますね」と話してくれる。
09:20 手術跡の処置。後頭部の傷跡を触ると、まだ縫合したままの感じなので、見てもらう。やはり思った通りで、抜糸してもらった。これで安心だ。
11:15 昼食。白米と豚ひき肉と大根の炒め煮、魚のトムヤムスープ、スイカ。トムヤムクンのクンはエビなので、トムヤムプラーかな。スープは結構辛かったが、魚もありだなと思った。完食。点滴終了。

12:15 Saがリクエストしておいた爪切りを持ってきてくれた。日本から持ってきたもので、爪が飛び散らないので驚いていた。
13:40点滴。膝のパイプを外したためか点滴の回数が増えているように感じられる。向いの3番の若者が退院していった。
15:30 点滴終了。おまるにしたら処理する人が大変じゃん、と言われて、おまるに紙オムツを敷いて、おわったら包む、という戦略を思いついた。早速実行したら大成功。これなら処理も楽で、おまるも汚れない。次からはこの方法を採用することにする。
16:10 夕食。白米、豚肉とゆで卵の煮込み、揚げた魚の輪切りと蒸したナス、ナムプリック、パパイヤ。豚の煮込みは八角が効いていて、中華のそれに近い感じ。ナスと魚はナムプリックというつけダレと一緒にいただく。結構辛かったが、とろとろのナスとの相性は抜群である。ご飯がもう少し欲しいほど。パパイヤは結構甘く、当たりだった。

18-20時が夜の面会時間。左の7番の若者にはたくさんの見舞い客。バイクの事故だそうで、スネに私と同じ金属の棒が刺さっている。二度目だそうで、もうバイクはやめて車を買うとのこと。
22:05 消灯。点滴2本。
Day 13
10月17日(木)
02:35 目が覚める。排尿。
04:20 あれこれ考えて眠れない。後1時間で起床。それにしてもいびきをかく人がほとんどおらず、静寂である。
04:45 ウトウトしだした時に5番ベッド(窓際)のナースコールで目が覚め、そのまま起床時間。元気のいいおばちゃんの声が響き渡る。面倒見が良くてキュートなおばちゃん。看護というより介護関係のチーフのようだ。食べ物の名前を教えてくれる。朝の支度は05:25に完了。窓の外はまだ暗い。
06:02 点滴、薬剤注入。
06:12 痛みの確認。これまで書いてこなかったが朝夕2回、ナースが一人ひとり周って痛みを確認する。「プァ マイ?」(痛いですか。)痛いといえば10のうちどれくらいか、と痛みの程度を確認し、鎮痛剤を出してくれる。
07:05 朝食。魚のおかゆ。元気のいいおばちゃんがプラー、何とか、ナー、と言っていた。プラーチョンナーであれば雷魚である。白身でモッチリした食感。生姜も効いていて美味かった。
08:00 いつものように国歌が流れる。この間は動きを止めて聞き入らなければならないが、ナースは動きを止めない。それもそうか。国歌が流れるのは夕方18時の2回。
08:10 シーツの交換中に執刀医が来て状況を説明してくれた。骨折したか所の感染状態が良くないとのこと。道理で抗菌剤と抗生剤の点滴が多いと思った。再手術は来週の金曜日以降になるだろうとのこと。費用についてはわからないが、事前に担当者から説明がある、とのことだった。ひとまずは免疫を上げるのだろうな。
08:24 執刀医がもう一度来て、手術代のデポジットとして60,000THBが必要とのこと。
09:35 点滴。
11:15 昼食。久々の麺。バミー(小麦麺)なので汁なし(ヘン)かと思ったら汁有りだった。多少伸び気味だったけれど嬉しい。ドラゴンフルーツ(白)は甘く、当たりだった。
12:25 Saの見舞い。夜中に小腹が空くのでタイの菓子を買ってきてもらう。
13:10 点滴。
13:45 Sa帰る。
14:50 おまると紙おむつで排泄。おまるへのセットの仕方を総務関係の偉い人が観察していた。酒を飲まずきちんと3食食べているので便の状態もよい。今回も上手にできた。
これまでの医療費をまとめてみた。日本円で1,095,683円であった。今後、もう一度手術を受けるので、同額以上の出費が見込まれる。
16:05 夕食。白米、魚と長インゲンのピリ辛炒め、苦瓜と鶏ひき団子のスープ、スイカ。炒め物は色が赤い割にはそれほど辛くなかった。スープにも苦味が染み出していて滋味深い。完食。
西日が差してきて室温が上がってきた。
16:55 点滴。
18:50 点滴終了。ポートに痛みを感じるので左手に作り直してもらう。それにしても点滴を発明した人は偉大だと思う。
20:00 ミャンマー人の親友へ近況報告。ヤンゴンで第2の人生が待っているようだ。治療に専念して早く良くならないと。
21:00 点滴。
Day 14
10月18日(金)
00:55 目覚める。いつの間にか眠っていた。嫌な夢を見た。日本が一人当たりGDPで韓国に抜かされたというニュースを見た。搾取国家だもの、そうなるよね。
01:35 1番ベッドのおじいさんがまた脱出を図ったようだ。何か音がするとは思ったが、発見したナースの叫びで合点した。
02:40 おじいさんが叫んでいる。「ルアィドゥアイ」(f◯ck you的なことばだそうな)と聞こえる。
05:05 起床。手首がかゆい。蚊に刺されていた。デング熱が怖い。毎朝の洗浄。うがい用のゴミ箱が床にあって取れず、歯磨きができなかった。ガムを噛む。
facebookを開いたら、シチリアのバーで、自家製チーズをもらった店員さんから友達申請が来ていた。即承諾。
06:00 定時計測と点滴。
07:00 朝食。魚のおかゆ。何度も出るが飽きない味。

08:30 婦長さん一行の訪問。来週、手術になると思うわ、と。Dr.が来週の金曜日以降と言ってました、と告げると、そうですか。と。取り敢えず手術の日は遠くはないようだ。
09:00 定時計測と患部の処置。ガタイのいい男性看護師。足の金属周りはガーゼだけで薬品が付いていないけど大丈夫か。後頭部も無視。
09:30 点滴。
11:50 昼食。いつもより50分遅れ。白米、ゲンソーン、サバのフライ、赤いゼリーと銀杏のシロップがけ。サバのフライが美味しかった。銀杏は8個ほど入っていたが、シアン系化合物が含まれるので、2つ残した。

12:05 Saの見舞い。ナースへの心付け用の菓子を買ってくる。それから入院費の支払い(3日間分、8,721THB)、それから医師に言われた手術費のデポジット60,000THB(実際は入院時に払った5,000THBを差し引いた55,000THB)の支払いをしてもらった。
13:00 点滴。
15:00 総務系チーフにお願いして、おまる+紙おむつで排泄。もう慣れたが油断は禁物だ。
16:00 定時計測。
16:05 夕食。白米、タイ式麻婆茄子、鶏ひき団子とキャベツのスープ、餅菓子。麻婆茄子はナスがしっかり油で揚げられていて柔らかく、程よく辛い。ご飯が足りない。完食。
とても健康的な食事が続いているが、たまにはカップラーメンも食べたいな。病院内にセブンイレブンがあるので、デリバリーを頼む人もいる。
外はひどい雨のようだ。室温が一気に下がる。天気予報ではバンコクほか各地で豪雨とのこと。チェンライ、チェンマイで先月、今月と洪水があったばかりなので、被害が出ないことを祈る。
17:45 雷雨。1時間ほどで止んだ。そういえば今日、保守をしているホームページの更新依頼が来た。今日中にテキストをまとめて、明日アップする。PCではなく、XiaomiのAndroid タブレットで作業する。おまけで付いてきた純正キーボードがタイ語仕様なので結構もたつく。まぁ、ゆっくりやろう。
21:03 いつの間にか眠っていた。点滴。さらに眠り、22:45目覚める。神田の立ち飲みで一杯やる夢を見た。
Day 15
10月19日(土)
00:23 点滴終了。すぐ眠る。
00:40 目覚める。サモサの中身をパイ生地で包んだ菓子を食べ、グアバジュースの残りを飲み干す。
04:50 目覚める。雨で気温が下がったせいか涼しく、もう一枚タオルをかけて寝る。天井の扇風機は回ったまま。05:10起床、洗浄。今日は歯磨き用のごみ箱がテーブルに置かれている。助かる。


洗浄用の桶と水 歯磨き用の壺
05:40完了。外はまだ暗い。そういえばもう10月も半ば過ぎなのだった。
06:05 点滴。外が白んできた。
06:55 点滴が入っていかない。ポートが痛い。ナースが来て抜いてくれた。
07:00 朝食。鶏ひき肉のおかゆ。ショウガ(カー?)の細切りと、ザーサイのような茶色い漬物のみじん切り、セリが入っている。ひき肉のパサパサ感が舌触りを悪くするが、味は悪くない。おかゆは魚の方が好みかな。
09:30 傷の処置。昨日の体格のいい彼(以下、力君)が来て、乾燥させるために今日は処置は行わない、と告げてきた。了解。
09:45 定時計測。
09:55 力君が来て左腕にポートを作り、点滴。チューブを固定するテープの使い方など、芸が細かい。血管に針を刺す時も不思議と痛みがなかった。彼はできる。
11:15 昼食。白米、カネンガイ(鶏のカレー的なもの)、鶏ひき団子・ブロッコリ・白菜・豆腐のスープ、タピオカと豆のシロップがけ。カレーは結構辛く、美味しかった。ご飯が足りないほど。

13:30 点滴。クレジットカード会社の保険適用条件を確認。海外旅行はツアー申込のみ適用とのこと。知らない間に改悪されていた。
14:00 面会時間終了、同時に点滴終了。力君が作ってくれたポートは調子がいい。
14:30 更新するWebSiteの原稿書き。やはり物理キーボードは便利だ。
16:00 定時計測、そして夕食。白米、豚とタケノコのレッドカレー、キュウリとひき肉の炒め煮、ココナッツ風味の餅菓子。カレーは辛くなく、ココナッツミルクを使ったタイらしい味。炒め煮はあっさり味で優しい味。デザートはバナナの葉のカップに入っていて、蒸している、と思う。程よい甘さで美味しかった。甘いものはほとんど食べない生活をしていたが、いつも違う種類のデザートが付くので楽しみのひとつになってきた。タイの食文化の重要なポジションを占めているのだと実感する。完食。

21:58 点滴。
22:05 イタリアの友人のマンマからメッセージ。入院のことについてしばしチャットする。
Day 16
10月20日(日)
00:15 点滴終了。眠っていた。睡眠がいつも細切れ。常に寝不足感がある。今夜は静かだ。たまたまかもしれないが、入院患者でいびきをかく人がいない。タイ人全般がそうなのかはわからないが。
眠くならないので、ブログの編集をスマホで行う。
01:45 謎の機械音と女性二人の話し声。
01:50 尿の回収。
02:10 朝の水桶配布。眠れない。
02:40 Xに広告が出ていたサッカーのシミュレーションゲームをダウンロードして少し遊ぶ。寒いので毛布をかける。
05:05 目覚めて排尿する。
05:21 起床。洗浄と排泄。05:50完了。
06:00 点滴。
07:04 朝食。白粥、豚ひき肉の炒め、苦瓜と卵の炒め。炒め物はいずれも汁が残っている状態なので食べやすい。薄味で辛さ要素はゼロ。これもタイ料理。

昨日から右手首が腫れている。点滴のポートによるもの。変な雑菌などでなければよいが。
09:15 定時計測。
11:10 昼食。豚ひき肉とパクチーのクイッティアオ・センヤイ(幅広米麺のタイラーメン)、チャオクワイ(仙草ゼリー)。以前見たメニュー、さてはようやく一周したか。クイッティアオにはいつも唐辛子を漬けた酢を入れるので、少々パンチに欠けて物足りない。量もちょっと足りないので、後で黄色くなってきたバナナを食べよう。完食。

2番のベッドに新しくおじさんが入った。
13:49 立て続けに3本目の点滴。感染症の具合が悪いのだろうか。気になる。
14:00 点滴が終了しても取り替えに来ないので血液が逆流してしまった。雷雨でナースが窓を閉めに来たのでおまる(モーノー)をお願いする。今日2回目。
今回の衆院選に投票できないのはつくづく残念だ。Xで情報を収集するが、思ったほど政権与党にダメージを与えられないのではないか、自公に加えて維新、国民民主の連立になるのではないかと危惧する。
HPの更新しようとAndroidタブレットで
別のGoogleアカウントでログインしたのに、Google Sitesの編集ができない。なぜ? 何か手順を間違っているのだろうか。ベッドの上に座って作業をしているので腰が痛くて途中で諦めてしまった。もう少し調べてみる。
16:00 定時計測。16:05夕食。白米(もち米入り?)、豚肉のガパオ、鶏ひき団子とニンジン・セリのスープ、モンキーバナナ1本。ガパオは結構辛かった。白米がもちもちしていて、もち米が入っていると思われた。完食。
ところで、どうも食事には3段階あるようだ。フタがプラスチックのもの。もう一回り大きくフタが同じ金属のもの、いくつかのフタ付き食器がお盆で供されるもの。右隣のおじさんは金属のフタのもの。よくは見えないがおかずの種類が多いようだ。まぁ、お金に余裕はないし、今の食事で十分楽しく美味しいので満足である。
プラスチックのフタの食事
17:55 日本の友人がfacebookで医療費の募金を集めてくれることになった。ありがたいことだ。
AndroidタブレットではHPの編集ができないことが判明したので、明日、ラップトップを持ってきてもらうことにした。20分もあれば終わるだろう。明日の昼、Saと近所の呑み仲間Nさんが見舞いに来てくれるそうだ。
19:25 向かいの3番に足を負傷した患者がやって来た。食事制限の札が下がっているので明日手術なのだろう。こんな時でもナースは陽気で、笑ったりしている。
日本の親友がfacebookで手術費・入院費の募金の呼びかけをしてくれた。感謝の一言に尽きる。それで知ったバンコク在住の日本人の知人が明日の夜、お見舞いに来てくれることに。ありがたいことです。
22:05 点滴。2本めでポートに痛みがあり、同じ左手に新設。腕のいいムスリムのナース。
Day 17
10月21日(月)
05:00 元気のいいおばちゃんの声で起床。洗浄、今日は髭を剃る。05:25終了。
06:00 点滴、定時計測。
06:30 友人の寄付呼びかけ文をシェアし自分のfacebook friendsも見れるようにした。どうなりますやら。
07:00 朝食。元気のいいおばちゃんが、カオトム・ムーと教えてくれた。豚のおかゆ。肉が入っていないがスープが豚骨だしのようだ。仕上げに入れたと思われる、ほぼ生の香味野菜のみじん切りの歯ごたえがいい。食べ終えると仄かな辛味が口に残る。コショウか。ビニールの切れ端が入っていたのは御愛嬌、マイペンライ。完食。

08:10 シーツと枕、クッションカバーの交換。
08:45 婦長さんらの情報共有で5人のナースの訪問。婦長さんが「Waiting for operation」と。2回目の手術待ちの状態であることがはっきりした。
09:00 処置か所の交換。先日抜糸した後頭部の傷はほぼ治っているとのこと。脚は再び、4本の棒の突き刺さっているか所を薬剤を塗布したガーゼで包む方法。そして定時計測。
10:00 点滴2本。
11:00 昼食。チャーハン(カオパット)、鶏ひき団子と大根のスープ、モンキーバナナ。カオパットは卵を使わないタイプで、2cm四方のもも肉がゴロゴロ入っている。他には玉ねぎ、アサツキ、味付けは塩だけでコショウはなし。スープはいつものやつ。見舞いの小魚のフライも一掴み頂く。
ベッドは何時の間にか5番を除いてすべて埋まっている。向かい側1、2、3が食事制限の札が下がっているので今日手術予定のようだ。
12:00 Saとムバーンの呑み仲間Nさん、そして怪我をした時に駆けつけて、血まみれの床もきれいに掃除してくれたGさんの奥さんが見舞いに来てくれた。うれしい。お酒止めたから顔色がいいね、とNさん。いろいろ話して30分ほどで帰って行った。お礼にツバメの巣ドリンクを2本ずつ差し上げた。
13:10 点滴。
点滴しながらwebsiteの更新、原稿は既に作ってあるので、15分程度で終了。
15:00 マレーシアの友人がfacebookを見て寄付を申し出てくれた。日本円にすると今はバーツ高なので、タイの銀行へ送ってもらうことにした。ありがとう、Jさん。
16:00 夕食。白米、春雨・白菜・豚ひき肉の炒め(ヤム・ウンセンかな)、イカときのこのトムヤムスープ。パパイヤ。春雨は優しい味。トムヤムはちょっと辛い程度。昼にお見舞いでもらったグアバを食べる。満腹。

18:50 バンコク在住の日本人の知人がお見舞いに来てくれた。ドネーションしてくださるとのことでありがたい。
21:10 点滴。
Day 18
10月22日(火)
02:30 目が覚める。排尿。何度か目が覚めるがすぐに眠れた。今回も眠れるだろうか。故郷の山に初冠雪の知らせ。そんな時期か。東京へは行きたくないが、故郷へはもう一度行ってみたい。墓参りもしたい。
腹が減ったので、お見舞いの揚げ春巻きを食べる。うまい。
05:03 起床。眠っていた。洗浄。05:27完了。外はまだ暗い。
05:56 点滴。06:35終了。眠い。
06:54 ウトウトしていたら朝食。お気に入りの白身魚のおかゆ。魚の肉が1.5〜2cmほどの大きさなので、食べ応えがあるのがうれしい。少し物足りないのでお見舞い品のグアバを頂く。白肉系は歯応え良く、赤肉系はねっとりしていて甘みが強い。

08:12 ベッド周りの拭き掃除。お見舞いのバナナが熟しすぎているのを見つけてくださった。また枕元に置いているPCを見つけて、入院してるのに仕事してるの!? と。陽気なおばちゃんたちに心が癒される。
08:58 定時計測。因みに今の血圧は上が126下が72。低い時は111なんて時もある。実質禁酒状態なので、肝機能もかなり回復していることだろう。
09:10 患部の処置。腫れが引いたせいか、太ももの金属の棒の周りの肉が落ちくぼんでいて、消毒されるとしみる。また、押さえつけると痛む。これはよい兆候なのだろうか。
09:40 ミャンマー人の親友から連絡あり。
09:50 点滴。
10:30 さらに点滴。
11:00 昼食。白米、豚肉のピリ辛炒め、鶏ひき団子と白菜、人参のスープ、スイカ。豚肉は少々辛味があり美味い。大して入っていないように見えたが、結構な量だった。スープはいつものか、と思ったら、ルークチン(肉のかまぼこのような団子)が2つ入っていた。どちらのおかずもたんぱく質重視のメニュー。完食。いつの間にか10人部屋は満室になっていた。
ベッドの上で起き上がる時の腰の痛みが気になる。

12:15 Saのお見舞い。蒸しパンとサラダ。冷たいタイティーも買って来てくれ、久し振りに冷たい飲み物を飲む。
そして19、20、21日の入院費12,080THB(約54,400円)の支払をしてもらう。会計窓口は、保険が利かず入院費がかさんでいるので、支払能力を心配しているようだ。過去にミャンマー人とケニア人が入院したことがあるが、「日本人は初めて」とのことで困惑しているそうだ。過去の2例は大使館経由でNGOが費用を負担したそうだ。
なんと、わたしはこの病院初の日本人入院患者であった。
13:15 点滴。日本での寄付金30万円と、ミャンマー人の友人からの30万円の計60万円をWiseでバンコク銀行へ送る。手数料約5,000円を差し引いて、132,000THBとなった。明日には着くだろう。円安が残念。
16:10 夕食。元気なおばちゃんがメニューの名前を教えてくれる。白米(+もち米?)、魚のフライと茹でキャベツ、ナムプリック、鶏ひき団子と白菜・人参のスープ、パパイヤ(マラコー)。魚と茹でキャベツは、ナンプラー(唐辛子、ニンニク、ナンプラーなどをすり潰して作るツケダレ)を付けて食べる。これは結構辛く、辛いのが苦手な人は食べられないレベル。そういえば野菜が少なくビタミンは、と思ったが、必ずつくフルーツで摂取しているのに、今更ながら気がついた。完食(ナムプリックは1/3残した)。
21:05 点滴。
21:40 点滴交換。ナースが2人でやってきて、タイに来てどれくらいか、どこに住んでいるのか、ガールフレンドはいるかなど質問を受ける。
Day 19
10月23日(水)祝
01:10 目が覚める。蚊に刺されたようだ。かゆい。薬を塗る。
今日はラマ5世、チュラロンコン王の命日で祝日である。ラマ5世は官僚制による中央集権国家の確立、道路や電話などのインフラ整備、奴隷制の廃止などを行ったタイ王国近代化の父であり、名君として知られる。
03:58 眠れない。雷鳴が轟いている。腹が減った。
05:00 いろいろ考えて結局眠れずに起床時間を迎える。歯磨き、洗浄、着替え。今日は祝日だし、枕と脚のためのクッションのカバーが置いてあったので、シーツの交換はないということかな。言葉と習慣が異なるのでいろいろ考えてしまう。考え過ぎて外すことも少なくないが、それが新鮮な学びでもある。
06:05 点滴。しばらくやるも入っていかない。痛みも強いのでポートを新たに左腕の内側に。1回目失敗。痛かった。2回目成功。
07:05 朝食。白粥、菜っ葉・大根・厚揚・骨付き豚バラの煮込、魚のフライ。煮込は中華風を思わせるしょう油(シーユーカオ)味。魚はむっちりした感じなので雷魚かも知れない。物足りないので昨日のお見舞いのサラダに付いていたアスパラ、アボカド、ミニトマトを頂く。
08:35 ウトウトしていたら、患部の処置。手術跡のガーゼもずいぶん小さくなった。
09:10 点滴。今朝作ったポートから血液が逆流して外側に漏れている。作り直し。今回はご年配のナース。針を刺す時が痛くなく、一発で成功。
11:00 昼食。白米、キャベツと豚ひき肉の炒め、豚もも肉とナスのゲーン(カレー)、マラコー(パパイヤ)。ゲーンは見た目は辛そうな色をしているが、さほど辛くない。ホーラパー(タイバジル)が効いていて美味しい。キャベツの炒めはやさしい味。完食。

12:05 Saが見舞いに来る。リクエストのソーセージパンとペプシコーラ、それからココナッツジュースを買ってきてくれた。
13:05 点滴。ガタイのよい男の看護師が来たのでSaが質問してくれた。Infectionは脚だけでなく、全身で起こっているとのこと。収まるのを待つのみだ。
15:00 隣駅にあるショッピングモールにあるドンキで買ったという蒸しパンを食べる。北海道の地図があしらってあるが、何か意味があるのだろうか。普通に美味い。
16:05 夕食。白米、豚肉のガパオ、卵豆腐・キャベツ・カリフラワー・鶏ひき団子のスープ、ココナッツとタピオカのデザート。いつものように食べ応えのある豚肉の入ったガパオ。あまり辛くなかったが、オレンジ色の唐辛子のスライスを食べて悶絶する。スープはいつもの味。鶏ひき肉の団子は肉だけでタマネギなどは入っていない。卵で固めているのだろうか。日本のように片栗粉を使わないので食感がボソボソなのが毎回残念。デザートは初めて食べるもの。バナナの葉のカップに小粒のタピオカ、その上にココナッツのクリームが載っている。美味い。完食。

食事中、鼻血が出る。5、6年前からで、以前耳鼻科を受診したのだが、左のキーセルバッハ領域という部分が傷つきやすいのだという。「気になるならレーザーで焼こうか」と当時の医者は言っていたが、そうしておけばよかったと、今思う。総務系のチーフが「ローン(暑いからね)」と言って、保冷剤を持ってきてくれた。後頭部に当てて小鼻を圧迫したら程なく止まった21:15 点滴。
Day 20
10月24日(木)
01:40 点滴で所々起こされたもののずっと眠っていたが、騒がしくて目が覚める。隣の病室(といっても壁はない)の、私の左斜め上(上が頭の方向)の、痛みに大声を上げる男性である。奥さんが付き添っているのか、ずっと話し声が聞こえる。私の左隣の若者は、もっとうるさかろう、それでも、こうしたことではタイ人は腹を立てたりしないようだ。己の小ささを恥じ入る次第。結構眠ったので、また、朝まで眠れない予感。
タイバーツが4.5円を超えてきた。米ドルは153円をマーク、円安である。ロシアではBRICS Summit 2024が開催され、基軸通貨であったドルからの脱却、2極化の様相を呈してきのに円安状態。国力の衰退を物語っているように思える。
04:15 高校時代の友人とチャット。やはり眠れなかった。
05:00 起床。歯磨き、洗髪、洗浄。水に液体石鹸を入れた溶液にタオルを入れて絞り、身体を拭く。いつもより多めに入れたところいい感じだ。05:25完了。

06:00 点滴。定時計測。体温は36.5℃、血圧は112-65と少し低め。
07:05 朝食。豚ひき肉のおかゆ。ほんのり塩味。完食。

07:45 シーツ、枕カバーの交換。同時に執刀医が来訪。感染症がまだ完全に治っていないので、手術は来週になるとのこと。
08:30 ナースの巡回。婦長さんはOperation is tomorrow. というので、Dr.は来週って言ってましたよ、と伝える。

08:50 定時計測。SpO2は測ったり測らなかったり。
09:10 採血。その後、ちょっとしたデスクワーク。小腹がすいたので、アンパンを1つ食べる。
10:30 点滴。
11:20 昼食。カオマンガイ、と思いきや、豚ロースの薄切り。大根のスープ、サツマイモのシロップ煮。豚肉は茹でてあるのでパサパサで、ご飯はもち米が混ぜてあるのかもったりしていて、正直、初めて「不味い」と思った。ツケダレはかおまんがいどうよう、生姜とトウガラシが効いていて美味かった。文句を言う割には完食。
夜中の1時から起きているのでうつらうつらする。
16:05 夕食。白米(玄米っぽい)、魚の煮付け、イカ・キャベツ・豚ひき肉の春雨炒め、パパイヤ。魚の煮付けはほぼ味がついておらず閉口した。ナムチム(ツケダレ)が欲しい。ご飯は少し硬めで玄米っぽい噛み具合だった。まぁ、たまにはハズレもあるさ。完食。天井の扇風機が止まったままなので動かしてもらった。

20:55 点滴。また痛みを感じる。左手にポートは作れるだろうか。
22:30 目覚める。そして眠りに落ちる。
Day 21
10月25日(金)
00:45 目覚める。ナースコールをして排泄。今夜も朝まで眠れないのだろうな。
02:22 お腹が空いたので、クラッカーとクッキー。タイのカップ麺でいいからラーメン食べたいな。そういえば入院以来、熱々の食べ物って食べてないな。日本のH君も眠れぬらしくメッセージをもらう。しばしチャット。
05:00 元気なおばちゃんの声で起きる。いつの間にか眠っていた。洗浄。今日は髭を剃る。
05:55 点滴。定時計測と排泄回数の確認。
07:05 朝食。魚のおかゆ。隣のおじさんはMaggieのシーズニングをかけている。確かに薄味だが、これはこれで美味い。が、さすがに飽きてきた。台湾の早餐、蛋餅や鹹豆漿が恋しい。
08:00 物足りないので、お見舞いのオレンジを頂く。国歌が流れ始めたので手を止める。遠くオーストラリアから来たオレンジ。甘く美味しい。感謝。

09:05 患部の処置。上体側2カ所の金属周りが痛む。アルコールで消毒をするとしみる。今回はガーゼを巻くのはこの2箇所のみ。以前はガーゼに薬剤を染み込ませて巻いていたが、今日は患部に直接薬剤を塗布、ガーゼを巻くのは痛む2本のみである。

11:10 昼食。白米、グリーンカレー(ゲーンキョワーン)、豚肉とヤングコーンの炒め、餅とゼリーのシロップがけ。好物のゲーンキョワーン。丸茄子(マクアポー)と、お肉の代わりにルークチン(すり身)。カーという生姜のような香辛料を入れるのだが、それが細切りになっているので抵抗なく食べられる。消化を助けたり、コレステロールを下げる働きがある、いわば生薬なので、よいことを学んだ。豚肉は薄味だが量は十分。デザートは初めて食べる、餅のようなもの。完食。
13:00 点滴。落ちるスピードがやたら早い。
14:20 ウトウトしていたがベッドに中がぶつかって目が覚めた。左隣の7番が掃除されている。バイクで事故ったお兄さんが退院したようだ。
16:05 定時計測。
16:10 夕食。白米、タイオムレツ(カイチアオ)、空芯菜(パックブーン)・カリフラワー・長インゲン・キャベツのトムヤムスープ、スイカ(テンモー)。カイチアオはたっぷりの油の中で泳がせるように作るのだが、ほとんど油が感じられない。まぁ、病院食なのでやむなしか。スープはほどほど辛く、野菜だけだが食べ応えがある。タイ語でスイカはテンモーという。キュウリはテンクワーで、一緒に覚えた単語。完食。
21:05 点滴。そのまま眠る。
23:45 目覚める。まだ点滴の管はつながっている。程なくアラームが鳴り、終了。点滴操作でベッド用のテーブルを動かしたら、もとに戻して欲しい。引き寄せるのが結構大変なのよ。
Day 22
10月26日(土)
00:50 隣の7番のベッドメイキングが始まった。こんな時間に入院患者か。
01:20 7番ベッドご到着。
04:30 2番ベッドのナースコールで目覚める。じきに起床時間。
05:00 いつもの元気のいいおばちゃんの声と照明の点灯で起床時間。ベッドの角度が少し起こし過ぎなので、寝ている間にずり落ちてベッドの縁に足の裏がついてしまう。この微妙な感じを伝えられずモヤモヤする。05:35 完了。
06:00 点滴。
07:00 朝食。豚ひき肉のおかゆ。前回より塩味がわずかに強く、これくらいがうまい。茶色い小さな漬物らしきものの微塵切りが気になる。これは麺類のトッピングにしても美味いはず。
食後、30分ほどPC作業。
09:50 点滴。ガタイのいい男性看護師が点滴をセットしながら、手術は火曜日になるかも。詳しくはDr.から話があると思うよ、とのこと。ようやく2回目の手術が決まりそうだ。脚の感染症の具合はどう? と尋ねると、Decreasingとの返答。ようやくか。
昼前にお腹が空いてお見舞のウェハースを食べる。エアコンがないのでチョコレートクリームが溶けていた。味は良し。

11:05 昼食。白米、鶏ひき肉団子とキャベツのスープ、タイのさつま揚げ(トートマンプラー)、デザートはロートチョムナムガティ。さつま揚げはピリ辛で飯もビールも進む味。下味がしっかりついているのでソースは不要。敢えて付けるとすれば、やはりしょうがじょうゆか。デザートは穴の空いたコメの麺に砂糖を加えたココナッツミルクを加えたシロップをかけたもの。緑色はパンダンリーフ(バイトゥーイ)という植物の色素による。タイのデザートは色鮮やなものが多いが、基本は植物由来で、人工着色料は使わない。黄色はカボチャ、紫はバタフライピー、という具合。完食。

13:40 点滴。痛みがひどいので同じ右手にポートを作ってもらう。見ないようにしていたら、「ソーリーな」。失敗されて左手首に。地味に痛い。

Xで衆議院選挙の情勢を見たり、ブログの更新をしたり。
16:05 夕食。白米、きゅうりとゆで卵の炒め、イカとキノコのトムヤムスープ、餅菓子。きゅうりの炒めは、味が染み込みやすいように叩いて割ってから斜め切りにしてあり、それを硬茹でのゆで卵を粗みじんにしたものを合わせて軽く炒めて甘めのスープで軽く煮込んだ感じの料理。こうしたゆで卵の使い方は初めてかも知れない。トムヤムは以前と同じく少々辛め。バイマックルーかと思って食べたら唐辛子で、ひどい目に遭った。餅菓子は上品な甘さで、上にかかったココナッツフレークと相まってタイらしいデザートであった。完食。

18:10 Saの見舞い。Macのハンバーガー(ポーク)とパイナップルパイ、ココナッツウォーターなどを買ってきてくれる。手術のことなどについて話す。
週明け入院代を払えるように現金を用意しておくようお願いする。
21:10 お腹が空いたので、お見舞のMacのSamurai Pork Burger を頂く。初めてだが、パティにボリュームがあり、マヨネーズ仕立てで食べ応えがある。
21:20 食べ終えて口を拭いていたら点滴の時間。痛くない。立て続けに3本。終わったのはちょうど00:00。
Day 23
10月27日(日)
02:30 目覚める。いろいろ考える。が、考えても仕方のないことも考えていることに気づく。テーマを変える。
05:18 起床。桶の水が少ない! 1リットル位しか入っていない。まぁ、いいだろう。05:45洗浄を終える。
06:00 点滴、定時計測。
今日は日本では衆議院選挙投票日。昨年のうちに在外選挙人証を手に入れたが、入院しているため在外公館まで出かけて投票することができない。調べてみると、郵送による投票しか選択肢がないことがわかった。で、制度を見て驚いた。何と、日本と郵便で3度もやり取りをしないといけない。これは間に合わないと判断し断念した。この21世紀に飛脚かよ、と呆れた次第。改善を求めたい。
07:00 朝食。白粥、魚のフライ、豚ひき肉と小ネギの炒め(豚そぼろ)。炭水化物とタンパク質である。豚ひき肉は甘じょっぱい味。タイはお酒に対してよい感情を持っていない。販売時間が決まっていたり、祝日や選挙の投票日は酒類の販売が禁止される。こうした事もあってか、料理に酒を使うということがない。代わりに砂糖を多用する。豚そぼろもしょう油の塩味の角が取れてまろやかな味だが、適度な砂糖が使われている。魚のフライは軽い塩味。身がむっちりしているのでナマズか雷魚ではなかろうか。豚そぼろを少し残してしまった。ごめんなさい。おかゆが足りなかった。そのくせ物足りないので、Macのパイナップルパイを半分いただいた。タイのMacには、アップルパイとパイナップルパイの2種類があるのだ。

09:40 点滴。定時計測。
10:00 手術の日程は、10月29日にある程度はっきりするようだ。
10:20 点滴。
11:08 昼食。チャーハン(カオパット)、鶏ひき肉団子・大根・人参・セリのスープ、仙草ゼリー(チャオクワイ)。カオパットの具は、豚肉、タマネギ、太めの千切りキャベツ、パクチー。ごくごくわずか、卵の小さな破片があったので、卵も使われているようだ。チャオクワイの量がすさまじく、満腹。チャオクワイの原料となる仙草は、シソ科の植物で、学名はPlatostoma palustre、暑気あたりや喉の渇きに効用があるとのこと。台湾でもよく街角で売られていた。
15:30 今日はチャオプラヤ川で、タイ王室御座船パレード(ロイヤルバージプロセッション)が開催されている。ワット・アルン(川沿いの有名なお寺)で行われる「ロイヤル・カティン・セレモニー」を祝う公式行事として、ラマ10世(ワチラロンコン国王)の戴冠式が行われた2019年以来、6年ぶりの開催。全長約45mの王室御座船「スパンナホン」など、タイの伝統的な様式の船52隻がラマ8世橋から漕ぎ下る。病室の壊れたテレビで中継しているが、ずっと歌が歌われていて、所々こぶしがきいたメロディは、極めてアジアチックである。

15:55 定時計測、夕食。
白米、魚のフライのスパイス炒め、豚ひき団子とキャベツ・ニンジンのスープ、ココナッツミルクのゼリー菓子。魚は薄めの魚肉に粉をつけてしっかり揚げてあるので固く噛み応えがある。真っ赤なスパイスは結構辛いが辛さ5のうち3程度。アヒルの形をしたココナッツのお菓子はマーケットで何度か買ったことのあるもので、プリプリした食感が楽しい一品。完食。

18:00 今日は衆議院選挙。YoutubeでTBSラジオ、荻上チキの開票番組を聴く。自公で過半数を割るようだ。それはそうだろう。投票率が気になるが、まだ開票中なので報道はない。
21:10 点滴。左足の親指付け根が痛む。痛風の発作のようだ。タイにはArcoxiaという薬があるが、ナースにリクエストしたらない、◯◯ならある、ということでよくわからない錠剤をもらって服用する。
Day 24
10月28日(月)
02:55 目が覚める。薬がきいて痛みはなくなった。しばらく選挙結果を見る。自公は国民、維新と連立あるいは閣外協力で政権維持か。来年の参院選がより重要さを増すことになろう。とにかく行政は自民的な要素を一旦抜いて、文書管理や司法、事業の組み立てなどあらゆる面を見直す必要があると思っている。投票できなかったことが残念だ。
05:10 起床。洗浄と着替え。タイ国用の携帯のネット接続が切れた。これまではその都度1,000THBをクレジットカードからチャージし、そこからサービスパッケージを選んで支払っていたのだが、チャージできない。これは困った。
05:50 点滴。
06:40 ナースが来て点滴を確認。止まっていて、体内に入っていかない。ポートの辺りを触り、皮膚を引っ張ると入っていく。血管が広げられているのだろう。が、痛い、痛いんだ、お姉さん。結局1/5ほど残して終了となった。
06:50 朝食。骨付き豚バラのおかゆ。骨は小指ほどの太さだが、しっかり肉がついていて、ホロホロに煮込まれている。豚骨の出汁が出ているためか旨味が強い。味付けは塩とコショウだろうか。これは美味い。具は他にはパクチーのみ。東京で立ち食いで1杯350円で出したら売れることだろう。

08:10 シーツ、枕カバーの交換。携帯のtop up(代金を払ってサービスを継続したり追加すること)はまだうまくいかない。が、完全に切れているわけではなく、細々、途切れ途切れにつながっているようだ。
08:40 婦長さんらの回診。Waiting for operationのひとことを頂く。早くしてくれ、入院費の支払いがかさんでいく。
08:50 病室に小鳥が迷い込んで鳴いている。入院して2度目のことだが、今回は撮影できた。早く逃げ出せるように。

09:30 小腹がすいたので、お見舞いのクッキーをいただく。最後の2枚。

10:00 点滴2本。痛む。
11:15 昼食。白米、豚肉のガパオ(パットガパオムー)、冬瓜・人参・鶏ひき肉団子のスープ、ウリ科のさいの目切りとタピオカのココナッツミルクがけ。ガパオはいつもどおりしっかり辛く、黄色の唐辛子の斜め切りは3つ入っており、今回はお残し。スープはいつもの味。デザートはキュウリのような味と食感。細かなタピオカと一緒に甘いシロップに浸かっている。白いのはコンデンスミルクかと思ったが、甘いココナッツミルクであった。唐辛子以外完食。
12:10 SaがDtacの端末でTo upしてくれてネットに繋がった。すかさず1,000THBを電話番号のアカウントにチャージ(このばあいはrefilという)しておく。
12:25 Saの見舞い。夜の空腹時のためにMcvitiesのビスケットを買ってきてもらう。また、ナース・ステーションで書類をもらって会計へ行き支払いをしてもらう。10/22-28までの7日間で17,055THB≒77,482円。このA病院での入院費のこれまでの累計は62,137THB/21days≒282,099円。早く次の手術を受けて退院したい。
13:05 点滴。年配のナースの方が扱うと痛みがない。ベテランとはこういうものか。14:00面会時間終了。
16:00 定時計測、夕食。白米、茹でキャベツ、ナムプリック、煮玉子、スイカ。キャベツにナムプリックをつけて頂く。しっかり辛い。昨日痛風の発作が出たのでフタに大きく「痛風」の文字。故にこのような寂しい内容になったのだろう。タイにはイスラム教信者も多い。また、ベジタリアンも。こうした入院患者にも対応しているのだと思うと、調理スタッフはすごいと思う。日本でもアレルギー対応はしているだろうが、それに加えて、である。ありがたく頂く。完食(ナムプリック以外)。

17:30 ナースがやってきて右腕に新しい点滴ポートを作る。
18:05 ミャンマー人の友人とビデオチャット。ありがたい。
18:30 Xで政治情勢の情報を見る。
21:30 目覚める、点滴3本。
22:15 お腹が空いたので、差し入れのソーセージパンをいただく。
Day 25
10月29日(火)
02:30 目が覚める。少しXのタイムラインを眺めて、再び眠りに落ちる。
04:57 おばちゃんの声とともに起床。フライングだよ、おばちゃん...。歯磨き、洗髪、洗浄。今日は髭を剃る。05:30完了。
06:00 点滴。定時計測。日本での寄付金50万円が送金された旨報告を受ける。本当にありがたいことです。ベッドで手を合わせる。
07:05 朝食。フタのラベルから「痛風」の文字が消えている。発作が本格化する前に1錠飲んだだけなのに効果テキメンの薬、何だったのだろう。会計書類に薬剤名と価格が示されているので、後で確認してみよう。さて、朝食はいつもの魚のおかゆ、カオトム・プラーである。相変わらず大きな魚肉が入っていて美味い。生姜(あるいはカー)は針生姜のように細長く切ってありいいアクセントになる。完食。


08:45 傷口の処置。上体側2本の金属棒周りの消毒はしみる。薬剤の塗布はなしでガーゼの交換のみ。定時計測。
09:10 Saがココナッツジュースと魚のナムプリックを持ってくる。これまでの書類一式を持ってDr.と面談に臨む。
09:30 タブレットで作成した医療費支出一覧をPCへ移し、メールへの返信、楽天カードの不正引き落とし対応(8月、108,778円!!)等を行う。
10:00 Saからメッセージ。手術の日程は守秘義務にあたるので親族以外には教えられないとのこと。
10:15 ナースが来て手術は明日と告げられ、書類にサインさせられる。
10:20 血液検査のための採血(入院して3回目)。Saの受けた説明では、感染症は最初の血液検査よりも2回目の方が、感染症の値は悪いとのこと。なのに発熱がないのが不思議、とDr.。明日の手術後も、どれだけの入院になるかは様子を見ないとわからないとのこと。破産しそうなら逃げ出すか。
11:00 執刀医来訪。現状と明日のオペの目的について報告を受ける。やはり感染症の状態が良くないとのこと。よって、明日のオペの主目的は内部のクリーニングになるという。骨の処置は開けてみた状態次第で、この忌々しい金属棒は、あるいは3ヶ月間装着する必要がある可能性もあるという。結構期待していただけに、思わしくない結果にがっくりきてしまった。
11:10 昼食。白米、春雨とキャベツの炒め、瓜の仲間とカリフラワーのゲーンソーン、パパイヤ。完食。

12:20 Saの見舞い。これまでの支出をPCに打ち込む。手術は明日の最後の順番とのこと。執刀医の説明をお互い共有し、間違いないことを確認する。オペの主目的は、Debridement with Adjust External Fixation Left Femur とのこと。あとは祈るのみ。
13:00 点滴。
14:00 小腹がすいたので差し入れのサンドウィッチを食べる。
14:30 麻酔科医だろうか、何か確認に来たが分からず。酸素マスクを装着して大丈夫かと効いているようだった。
15:30 ナースが来て明日の手術のための点滴ポートを左手に作る。私は知っている、この子はあまり上手じゃない。案の定失敗。手の甲に作るも痛い。同時に採血。明日、手術室まで一緒に来てくれるそうだ。
西日が差し込んできて部屋の温度が上がる。暑い。
16:00 定時計測、夕食。白米、魚のフライ、イカの詰め物と乾しいたけのスープ。蒸しパンのようなデザート。魚は味がしないので、ナムプリックをつけていただく。スープも味が薄く今日はハズレかと思ってイカを食べたら違う世界になった。イカに詰めてあるものはニンニクの効いた豚ひき肉で、噛むとニンニクと程よい塩味が口の中に広がる。総務系のチーフが名前を教えてくれたが、日本の乾しいたけは大きいが、タイのは小さい、という話を聞かされているうちに忘れてしまった。デザートはオレンジとココナッツの風味のする蒸しパン。美味しかった。完食。それにしても左手の甲のポートが痛む。
18:30 紙おむつを装着し強制排出。態度の悪い総務系ナースにちょっと腹を立てる。
20:30 来月から始まるプロジェクトグループに現況報告のメールを送る。焦燥感。
21:40 点滴3本。
23:50 ナースが来て、これ以降、飲食禁止、と話す。最後にペットボトルの水を飲めと指示。ベッドの上に断食札も下げられた。

to be continued

